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北天蒼星~上杉景虎

景虎については何度か書いています。
一国の主であった訳ではなく歴史上の主要人物ではないので知らない方の方が多いのではないかと思いますがその悲劇的な生涯、そして三国一と謳われた美貌で一部に根強い人気のある人です。

一昨年の大河ドラマ天地人で玉山さんが演じてかなり認知度が上がったかも知れれません。

今更ですが景虎の経歴です。
小田原北条氏の4代目氏康の7男として生まれ幼い頃早雲寺へ僧になる為入れられますが、上杉と北条の同盟工作の為謙信の養子となり、義兄景勝との跡目争いに負けて26歳で死んでいます。
武田家へ人質に行ったともされていますがはっきりしないようです。

景虎を主人公にした小説は4作品読んでいます。
私が彼に惹かれるきっかけになった永井路子作「流転の若鷹」、近衛龍春作「上杉景虎」赤坂大輔作「愛・直江兼続の敗北」の中の小品「上杉景虎」そしてこの伊東潤作の表題作です。

この「北天蒼星」では武田家行きの説は採っていません。
早雲寺の喝食から一族の重鎮北条幻庵の婿養子になり、直後に本家に戻って越後へ行っています。

謙信の姪と結婚、実子の無かった謙信は自分の前名の景虎を名乗らせ跡を継がせるつもりだったとしています。

謙信の死後、景勝がいわばクーデターで後継者になったと言うのは現在有力になっていますがこの作品もその説を採っています。

越後での生活、実家北条家との関係や、武田家の動向などを入れ最後鮫ケ尾城で敗死するまでまずまず丁寧に描かれています。

只、謙信以前の長尾家の説明が不足していて家督争いが今一つ理解しにくいのではと思います。
謙信の春日山長尾家は父の為景以来越後守護代になっていますが世襲でなく長尾一族の間で争いがあり、特に為景の弟の上田長尾家とは深刻な争いがあって謙信は従兄弟の政景に庶腹の姉を縁付けて懐柔しています。
二人の間に景勝が生まれますが、守護代への野心を見せる政景を事故を装って殺しています。

その辺りをもう少し書き込まないと謙信の血縁である景勝をさしおいて多くの豪族が景虎を支持し、景勝の上田勢が強硬手段に出て実権を握ったのかが判りにくいと思ったのは私だけでしょうか。

私はこの時代のこの地方の資料を余り読んでいないのですけれど、それでも謙信が景虎に関東管領・・守護を譲り景勝に守護代を継がせる積もりだったのは間違いないように思います。
直江兼続も当然登場しますが、景勝共々上田長尾一族が支配権を握る事を第一とし、上杉、北条、武田三国の繁栄が平和な道と信じ、最後まで謙信の「義」を守り抜こうとした景虎と対比して書かれています。

「北の空に尾を引いて流れる蒼く輝く彗星」のタイトルは私の持っている景虎のイメージにぴったりなんですが、小説に描写されている景虎像はどこか違います。
匂い立つような気品高い美青年を思い描いているのですが、作者の方には申し訳ないのですがここに書かれた人物像には気品が足りないように思えるのです。

これは史記ではなく小説で自由に書けるわけですからもう少し魅力的に書いて貰いたかったですね。

只、このお話は、景虎を愛した女性が3人中々魅力的に描かれています。

一人は異母妹で後に武田勝頼夫人になった女性。

越後での正室景勝の妹。
御舘ではなく鮫ケ尾で一緒に死ぬ説を採っています。実際に母と兄より夫を選んで一緒に死んでいます。

最初の妻、北条幻庵の娘はついては小説の最後に、2度目の婿が存生なのに「景虎の死の直後出家した記録が残る」
「景虎の死後数年後この世を去った。彼女にとり景虎と過ごした二月こそ人生のすべてであり~略~景虎を愛した最後の女性である彼女がこの世を去った時景虎も最後の鼓動を止めた」と終わっています。
中々素敵な終わり方です。

武将としてだけでなくこれだけ女性にも思われた景虎は単に美しいだけでは無くきっと素敵な人だったのでしょう。

昔から惹かれていた景虎が玉山鉄二さんが演じた事によって実態を伴って今私の前にいます。
26才で死んだ景虎役が出来る若さのうちにもう一度玉山さんの景虎が見たいと心から思います。

追記

昔を偲んで鮫ケ尾城へ行ってみたいと長年思いながら中々機会がありません。
行ってみても景虎夫妻のお墓は無いのです。景勝は春日山で首実検をしながら葬る事もしなかったのでしょうか。
あるいは葬られても一緒に死んだ妻子以外に肉親のいなかった越後で弔う人も無く判らなくなってしまったのか、切ないですね。

幻庵ゆかりの小机城址は今は横浜市の市民の森公園になっています
近い為何度か行っていますが建物は何も無く只櫓跡や堀跡が残るだけです。

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コメント

一昨年の玉山さんの影響で上杉景虎ファンが増えたでしょうね。
私が最近思う事は「初代景虎」こと、上杉謙信が再び大河ドラマに出る事があるかどうかです。今放送している「江 姫たちの戦国」より少し前の時代なので、16世紀半ばを扱わないとできないんですね。上杉家とは無関係(対決しない人を含む)の人が主人公では当然無理です。
しかも、大河ドラマではだんだん16世紀半ばの時期からは遠のく(テレビ東京系の「新春時代劇SP」でも)傾向なので、信長・秀吉・家康が主人公よりも世代的に、身分的にも「格上」に見えるんです。上記の3人の少年期・青年期の事に触れない傾向でもあるので、より大物に見えてしまう(主人公が太刀打ちできない)んですね。

謙信を主人公として正面から取り上げた大河ドラマは「天と地」だけですね。
もう40年も前になりますからそろそろ取り上げられても良い頃かも知れません。
只、最近「ホームドラマ大河」になってしまっているのでどうでしょうかねえ。

はじめまして"上杉景虎"をキーワードにブログ検索しましたら あなたの記事にたどり着きました。

ボク とある歴史のブログ書いてる方にこうタイトルしてメール送ったことがあります。
"歴史の日の目を見れなかった 「当たりの人材」"・・・と
江戸時代でも いるじゃないですか。
"ホントはこの人が将軍になるべきだった、この人が藩主をやるべきだった"・・・みたいな。

上杉謙信の死後 実の子がいないので
謙信のふたりの養子による跡目争いが発生する...そう、「御館の乱」が
 ・ ひとりは北条氏康の子で越相同盟の証として上杉家に送られ、謙信に「景虎」の名前をあたえられて養子になった...上杉景虎。
 ・ もうひとりは謙信の甥であり謙信の姉「仙桃院」の子で謙信の養子になった...喜平治。のちの上杉景勝。

結果は景勝が勝ち、景虎は負けて自害したけれども 景勝も決して無傷ではありませんでした。
越後領内は疲弊し、戦後処理になやみ、景虎の実家の北条ににらまれて、織田からは狙われ越後の地は危険な状況に追い込まれました。

逆に、景虎が勝ち 景勝が自害してても 
勝ったがゆえに戦後処理のなやみや織田信長への対抗に景虎も苦労していたはずです。

ただ、景虎が政権を握っていた場合 北条の血筋を受け継いでいる事を強みがあるため 北条と上杉の同盟強化から織田信長への牽制策は打ち出せたかもしれません。 
もっとうまくいけば秀吉や家康が天下人になっても時代の流れに乗り、景勝とはちがう形で上杉を繁栄し存続できたのでは...

御館の乱は謙信にとってかなしい戦でしたが、
やはりふたりはまじりあうわけがなかったんですね...


zebraさん、
こんばんは、はじめまして
コメント有難うございます。
「景虎カテゴリー」の記事をお読み頂いたのでしたら
お分かりの通り30年来の景虎さんファンです。
最初好きになった理由は今になると照れくさい「少女趣味」でしたね^^

上杉家に限らず歴史は面白いですね。
残されている資料の隙間をあれこれ想像しては楽しめますから。

玉山さんのファンとしてブログを立ち上げたので
一寸関係ない歴史に触れにくいので
実はもう一つ歴史散歩をテーマのブログを計画中です。
二つも持って手が回るかどうかわかりませんけれど(笑)

玉山さん中心ではありますけれど歴史にも時々触れています。
又お立ち寄り下さいませ。

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