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大河清盛&源氏物語

大河ドラマ~清盛

まだ第1回だけで感想を書くのはどうかなとは思いましたが言いたい事がいくつか。
まず気になったのはドラマの中で天皇と呼ばずに「王家」と言っている事、公式に「王家」と書いて批判され「貴族」と訂正したらしいですが、まあドラマでは連発していましたね。
せめて朝廷と言えば良いのに。
余程「王」と呼びたい何かがあるのでしょうか。

又清盛の出生には諸説あるようですが、御所の中、法皇の目の前で生母を殺すでしょうか、法皇も含めて彼らは穢れを忌み嫌っているはずなのに御所内を血で穢して平気なのか、凄く違和感を感じました。

忠盛の格好の汚さもです。
清盛が生まれた頃の忠盛は従五位か従四位下、昇殿も許されているはず。
決して庶民ではない、何かおかしいです。

竜馬伝でも感じましたが汚く表現すればリアルだと勘違いしているのでは、と思ってしまいました。
竜馬伝は余りの汚さに辟易して途中挫折しましたがこの大河もそんな予感が・・・

平家の連想から源氏物語~千年の謎

先日見てきました。
紫式部の源氏物語と思って観ると大間違い。
全く別の小説が原作です。
物語が出来るまでと言うことで書かれたもののようです。

この映画を作った方々、本当に源氏物語を映画化したかったのでしょうか。
ただとーま君にあの装束を着せてあの雰囲気の中に置きたかっただけとしか思えません。
だから「源氏物語」でなくこの作品を原作に選んだのか・・

違う物語と思って観ても登場人物は原作と全く同じですからついつい源氏物語の世界を求めてしまう。だから文句も言いたくなります。

紫式部と道長の関係も私にはとても不快でした。
式部は「空蝉」に自分の姿を投影したと言われているのに。
まあこういう解釈も有りなんですかねえ。

そしてとーま君は綺麗かも知れないけれど匂い立つような気品が無い。
女性達は皆私が想い描いていたのと全然違う。

特に六条御息所の田中麗奈、とても評判が良いようですが、先の東宮妃で気品高く教養豊かな美女と言うには一寸。
怖いだけではダメでしょう。プライドの高さゆえに押し殺した感情が本人も知らぬ間に一人歩きしてしまう。その哀しさが出せなくてどうしましょう。

紫式部は紫式部日記を読むと自己顕示欲が強くて好きにはなれないのですが源氏物語は別です。この作品に限らず古典は大げさに言えば大切な宝です。
「源氏物語」と言うタイトルをつけるのならもっと大切にして貰いたかったです。

映画化するなら宇治十帖が見たいですね。
脚色次第では現代にも通じる良い作になるのではと思います。

勿論薫は玉山さんで。
いつも憂鬱な顔をした出生の秘密を抱えた美青年。似合ってると想うのですが。
でも私は匂宮も彼で見たいのです。
源氏の孫で帝の第三皇子と言う血筋と美貌、少々無責任なプレイボーイ。
浮舟が薫と関係がありながら惹かれて離れられなくなってしまう強烈な魅力のある男性。
こちらも似合ってませんか。

どうせ夢なのですからせいぜい空想して楽しんでいます。

ただ薫と匂宮、どちらも嵌ると言うのは彼の不幸かな、とも思います。
どうしてもこの役でなければ、と言う方がいいのかもと。

        

Hana_oogi1_2

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コメント

「平清盛」に関してのご意見に同感です。同じ意見の人がいて私は正直安心しました。
そもそも源氏と平氏は「無位無官の庶民と同等」ではないですね。昨日ちょっと調べましたが、正盛や忠盛、為義や義家は清盛ほどではないですが、それなりに出世していますね。
今年のスタッフは「重厚路線」を標榜していますが、どこかはき違えていますね。
「あぁNHKはまたやらかしたか。2年前の事をもう忘れたのか」と思いました。
あの時は岩崎弥太郎の身なりを巡り、三菱がクレームをつけております。
あの時代の「穢れ」の解釈は厳密に適応されます。
平安時代の天皇や貴族は夫人や娘の生理でも朝廷の会合を休むくらいです。
もし朝早く貴族の屋敷の庭で、野良犬の死体が見つかったら会合を休みます。
「正月早々あんな殺伐とした場面はちょっと…」と感じました。
あとマスコミは大河「平清盛」を持ち上げすぎではないでしょうか?
「大河ドラマ50年目の節目」だそうですが、いささか度が過ぎるPRぶりです。
2005年の「義経」と比べると華やかさに欠ける幕開けですね。

こんばんは
いつもコメント有難うございます。
ある程度自由な解釈がいけないとは思いませんが常識は守って書いて貰わないと。
脚本家もスタッフも無知としか思えません。
画面の汚さに兵庫県知事がクレームを付けたと聞きました
そのクレームには賛否あるようですが。
ドラマは楽しんで見たい、特に大河ドラマは。だから余り文句は言いたくないのですけれど何故自国の過去を貶めたいのでしょうか、不思議です。

ご返答ありがとうございます。大河ドラマは毎年どこかにクレームがつくのは「宿命」だと思うのですが、この10数年の状況を見るともしかしたらもう限界なのかもしれないです。
例えば、「良かれ」と思ってする演出や脚色が批判されて、翌年は気品を重視するも反対に「つまらない」と批判される。さらに翌年は出演者の平均年齢が高めで新鮮味に欠けると苦言が出る。その次の年には主人公が有名な割に人生の浮沈が小さく中身の薄い展開だと酷評される。こんな「八方ふさがり」だと現場の士気がだんだんなくなるのかも。
まだ前例がないですが、登場人物の末裔の人がNHKを「先祖に対する名誉棄損」で訴えたらアウトでしょうね。
私が考える大河ドラマ信頼回復策(=クレーム対策)です。
1回くらい「登場人物が実在人物ではなく、史劇ではないストーリー」でやるのもいいのでは。例えば「ビバリーヒルズ青春白書」の時代劇バージョンで「大江戸青春物語」。
その方が若い世代には斬新かつ刺激的でいいかもしれないかな?
NHKの担当者の声を代弁すると、「正直言って何をどうすれば満点評価を得られるのかが分からない」と言った感じでしょうね。
2014年作品の主人公・主演俳優の選考は熟慮しそうな予感がします。

ご意見面白く拝見しました。
只それだと大河ドラマを続ける必要性はないのでは、むしろやめてしまった方が良いと思います。
脚本、演出もそうですが、人気先行で主役を決めるようになって演技力の無さが面白くない一因とも思います。
又、製作者側の歴史に対する勉強不足もあるのではとも思います。
天地人の根幹だった直江兼続の兜の「愛」。愛染明王の「愛」なのに現代の愛と解釈したのもそうです。脚本の小松さんが一方的に責められていましたが製作者側の注文が無ければ・・・一歩譲って了解が無ければテ-マを決める事はできなかったと思います。
(原作はありましたが大河用に書いて貰ったと聞きました)

こちらでは、初めましてです。
大河に関しては中々難しい所ですよね。
王という表記に関しては、間違えては居ないのですが、今の日本では反発を受けるのは必然。そこを何故に…?と言う感じはします。
清盛は海賊行為はしていないし、忠盛公の頃は殆ど公家レベルだったはずなんですけどね(笑)
主演の方に関しては、始まって以来の売り込みだったとか。きっと「この人だったら、義朝とかもそこそこ人気のある人使わないと」みたいのが出てきてしまうんでしょう。脇の方は固めてありますけど。
明日は、第二回。去年同様、もう子役からチェンジしちゃうみたいですが、どうなるのか…もう民放時代劇の気分で見ようかなと思っています。(恐らく12.13歳くらいの設定なんですけど)

たーさん、こんにちは
ご来館&コメント有難うございます。
大河ドラマは子供の頃から家族一緒に見ていて「黄金の日々」あたりからかなりはっきり憶えています。私はちゃんとお勉強したのは記紀万葉の頃なんですが本の虫だったのでつまらない知識ばかりあって(笑)・・で色々気になっていけません。
でもNHKの看板番組だったのに最近のいい加減さはその財産を棄ててしまったようで凄く残念です。

>民放時代劇の気分
もうそれしかないかと言う気になりました(笑)
主演の方がダメなのでいつまで持つか・・・

又お越し下さいませ。

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