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八重の桜~「山川家の兄弟」

「山川家の兄弟」中村彰彦さんの作品です。

中村さんの著作は会津藩の祖保科正之を取り上げた小説でお馴染みでしたが幕末の著書は読んだ事がありませんでした。

大体幕末の頃は余り詳しくないです。高校の日本史で習った事くらい。あとは小説で少々。
夢中で読んだのは司馬遼太郎さんの「新撰組血風録」や「花神」など、有吉佐和子さんの「皇女和宮」、宮尾登美子さんの「篤姫」位でしょうか。全部映像化されています。

会津の事は殆ど知らないと言って良いくらいですね。
最後迄徳川方で戦った事、白虎隊の事くらいなど。
意識してみないようにしていました。
訳は・・・中学(多分)の頃に読んだ小説(多分)にあります。
本か雑誌か、誰方の作かも憶えていないのですが、会津が西軍に攻撃された時、一家21人自刃した有名な西郷頼母一族の悲劇を取り上げていました。
中でも死に切れずもう目も見えなくなっていた頼母の長女細布子が踏み込んで来た敵方の兵士に「敵か味方か」と尋ね「味方なら介錯」をと頼む場面が強烈な印象となって未だに忘れられません。細布子(たつこ)爆布子(たきこ)の名前までまだ記憶している程です。
小説がどのような内容だったかもはっきり憶えていませんがとにかく余りに凄惨で悲しくて以後戊辰戦争時の会津は敬遠していました。

それが八重の桜の会津編?のキャスト発表があり玉山さんがまさかの出演、しかも役が家老の山川大蔵さん、彼岸獅子の話で有名な方です。
玉ちゃんの事なら何でも知りたい!山川大蔵さんの事をもっと知りたくて探したのがこの「山川家の兄弟」。

この本は小説ではなく資料を積み上げ大蔵・・改名して浩・・・と弟健次郎の半生を辿っています。
小説ではないのにとても面白い!
大蔵と健次郎の生きた形そのものがドラマティックなんですね。

会津がどうしてあのような悲劇に追い込まれていったか、判りやすく書かれている中、藩の一番困難な時に20代の若さで家老となり、戊辰戦争を指揮官として戦い、藩が消滅したあとの敗戦処理をまかされ会津の為に奔走した大蔵の姿は本当に心打たれます。

敗戦、降伏して藩は消滅、斗南に3万石を与えられ全くの不毛の地で移住して藩士達は凄まじい苦労をするのですが、実はここでの悲惨な生活も会津から目をそらしたかったもう一つの理由でもあります。
この斗南での最高責任者が浩なんですね。

東京に戻った浩は戊辰戦争の時の見事な采配振りに感銘を受けた土佐の谷干城の勧めで陸軍に入り西南戦争で武功を上げ、後に少将にまでなります。

又会津の子弟の教育にも熱心でそれを見込まれ陸軍在籍のまま東京高等師範(現筑波大)の学長も勤めています。

言い古された言葉ですが「波乱万丈」の一生を堂々と最後まで会津の為に生き抜いた事には深い感動を覚えました。

新選組の斉藤一と親交があり斉藤の仲人もしています。
斉藤が維新後東京高等師範に勤めていたのは多分浩の世話だったのですね。
新撰組の生き残りが何故高等師範に?の謎が一つ解けたみたいでした。

一方9才下の弟健次郎も兄と同じく聡明でアメリカに留学、教育に力を尽くし後に現東大の総長になります。
後にと言えば二人ともに男爵になっています。

大河ドラマが八重の桜に決まったのは東日本大地震の復興支援の為と聞いています。

主人公は新島八重、兄覚馬の兄妹ですが、復興支援で福島をとりあげるのなら会津を離れ京都で学校を作った二人より山川兄弟が主人公の方がふさわしいのでは思いました。

末の妹が大山巌夫人になった有名な捨松さんです。
こちらでもエピソードには事欠かないでしょうし。

ただ山川兄弟が主役のドラマだったらこの素敵な大蔵の役は弱小事務所の玉ちゃんには来なかったわね^^
まあ言っても仕方ない事ですけれど、出来るだけ史実どおり格好良い大蔵さんにして頂きたいです。

会津落城迄で後は京都の新島襄との話になってしまうのか、その後の会津藩の話がなければ出番は前半だけですが、沢山出番があると良いなと思っています。

そうそう取り上げられるかどうか判りませんが鳥羽伏見の戦いの時の大蔵の服装が書かれています。
洋鞍、洋装、つまり恐らくフランスかロシアの軍服に革の長靴だったそうです。
これはアルマじゃないですか^^

でももう一寸痩せて頂きたいわね。
キャスト発表会見の時のお顔かなり丸かったわ。凄く苦労する役だから細くないと可笑しいでしょう?
何歳から登場するかわかりませんが最初お髭はないわよね。

Photo

容保役の綾野君です。似てない?玉ちゃんと大蔵さんも一寸似てますが。

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コメント

大河ドラマで主人公が故郷を離れたケースはかなりあります。
反対に他地域に移動せず故郷に留まるケースは少ないです。
例を挙げると昨年の江さんは近江で生まれて江戸で逝去。
「功名が辻」の山内一豊は尾張で生まれて土佐で逝去。
4年前に人気を博した篤姫も薩摩で生まれて東京で逝去。
それぞれ事情があって「終の棲家」は故郷ではない場所になりましたが、今でも出身地の人に慕われている人もかなりいます。

聞いた話ですが新島八重さんは中年期以降は会津に帰りたくても帰れなかったらしいです。理由の1つが同志社大学が京都を拠点にしていた事情もあります。
あと東北を拠点にする大学(国立大学を含む)が作られたのは意外と遅いようです。
もし、会津に留まったならば同志社大学が東北を拠点にする事が出来ないと思います。
でも「故郷を見捨てた」とは思わないでください。恐らく東京では上京した薩摩・長州出身の人から、「維新の遺恨」で冷ややかな目で見られると言う事もあるのかもしれません。

ところで山川捨松(のち大山家に嫁入り)の末裔と言う人はいるんでしょうか?
玉山さんはカエルの王女さまが終わればひげを剃ってくれると思います。
明治(以降)を生きた人もドラマチックな人生を歩んでいますね。
新撰組で言うと斉藤一もそうですが、永倉新八も老齢になるまで生きています。
永倉の場合は後半生は様々な所で剣術の指導をしたようです。
ちなみに斉藤と永倉は同じ大正4年に逝去しました。
幕末期を見ると勝ち組よりも負け組の人の方が割と長命の人が多いですね。

えびすこさん こんばんは

コメント拝見しました。
別に会津を捨てたなんて思ってもいません。
山川兄弟だって東京で生活し東京で亡くなっています。
只、この兄弟の歩んだ波乱の生涯の方がドラマティックだと思っただけです。
玉ちゃん好きが嵩じて始めたブログです。
どうしても玉ちゃんの話題が中心になり、今回も大蔵さんに感情移入しているかもしれません。
読んで頂くのは嬉しいのですが文章力が無いせいで中々思うように書けません、適当に読み流して頂ければ、と思います。

菜の花さん、こんばんは。
玉山さんの大河出演嬉しいですね!
でも実は私は歴史物は苦手なので、出番が少なくかつ面白くない内容だったら1年間観続けるのはちょっと辛いなぁと思ってます^_^;
まずは1月までに幕末以降や山川さんの勉強をしようと思っていたので、
菜の花さんがご紹介して下さった「山川家の兄弟」も読んでみようと思います。

ところで今さら天地人の話で申し訳ないのですが、実は最近になって初めて大河ドラマストーリー天地人のあらすじを読みました(原作は読んでいませんが)。
景虎の最期がドラマとは異なっているんですね。
道満丸が生きていることになってますし、炎の中に景虎が飛び込んだ後に
華姫が後を追うことになっていたんですね。
ドラマの最期が酷く残念でたまらなかったので、台本どおりだったなら良かったのに・・・って思いました。
なんで変えちゃったんでしょうね?

山川大蔵さんはかなり素敵な方のようなので、とりあえず楽しみにしています。

ゆきさん こんばんは
いつもご覧頂き有難うございます。
歴史物、お好きではないんですね。
でもこの山川大蔵さんはとっても格好良い方で玉山さんを抜きにしても好きになってしまった位です。
「山川家の兄弟」は小説ではないのに面白いし
中村彰彦さんの文章は読み易くて、お勧めです。

天地人のストーリーブックはドラマを見始めてすぐ読みました。
なのであの最後のシーンには唖然呆然でしたわ。
折角素敵な景虎さんが最後の最後で台無しでした。
あの頃はまだブログを持っていなくてたしか掲示板に「炎の落城シーンが出来なくなったのは坂の上の雲に予算を取られちゃったのかな」と書いた記憶があります(笑)

八重の桜も素敵な大蔵さんを素敵なまま書いて頂きたいと祈りたい気持です。
それに出番が沢山あると良いのですけれど。

新島八重さんを単独の主人公にした小説がないようですね。
だから来年の大河ドラマの小説本が事実上最初になりますね。
ところで「主人公の子孫に当たる人が小説の作者」と言う歴史小説はないのでしょうか?
それだと先祖びいきになって「第3の観点」にならないから、仮に小説を書く才能がある人は自粛しているのでしょうか?龍馬伝と平清盛は「第2の観点」でナレーションをしています。
歴史小説は登場人物の子孫に当たる人に配慮しすぎると(手心を加える)つまらないらしいです。実際に小説の内容に不満があると言って抗議した人はあまりいません。
ちなみに歌舞伎は元々は当事者に無断で作られた演目がある(例・「仮名手本忠臣蔵」)ので、作者や役者がお咎めを受けないようにするため登場人物の名前は仮名みたいです。作者が生きた時代よりも昔の時代(戦国時代以前)の出来事を採用した物もあるのですが、登場人物の子孫の承諾を取る事もない(これは今でもそうですが「子孫に当たる人がいない」、「どこにいるのかわからない」と言う理由もある)ようです。
演目のほとんどが「著作権」が既に失効しているのでアレンジする事(「村歌舞伎」や「子供歌舞伎」をする際に松竹の許可を取る必要がない)が可能です。

>ゆきさん
私は「天地人」の原作本(元々は地方新聞の連載小説)を読んで、ドラマストーリー版の方は読んでいません。試しに原作の方も読んではどうでしょうか?
原作には与六の「わしはこんなとこ、来とうはなかった」の名セリフがないんですよ。
実は原作には直江兼続の子供の時の場面がないんです。
原作をそのまま活用したらいくつかドラマには出なかったシーンがあります。
上記の与六のセリフや「天地人」第1回・第2回の場面ができません。
「原作の文章ではなく台本に直した方が悪い」と言う指摘もあります。

会津若松の山川兄弟生誕の地は有名ですが
http://yae-sakura.jp/spot/sekihi/1409
山川唐衣(艶)、浩(大蔵)、健次郎の墓は東京青山墓地にあります。

会津戦士様
はじめまして
コメント有難うございます。

実は私の実家のお墓も青山墓地にあります。
山川家の墓地とは余り遠くなく今年お参りして来ました。

山川家だけでなくドラマに登場する秋月悌次郎、林権助など会津関係者のお墓は青山墓地にかなり多くあるようですね。

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