« 2013年4月 | トップページ | 2013年6月 »

2013年5月

八重の桜 第21話 敗戦の責任

第21話 敗戦の責任

鳥羽・伏見の戦いで幕府軍は大敗。
薩長勢は錦の御旗を掲げた為寝返る藩が続出。
会津藩も苦戦の末多くの兵を失い八重の弟三郎も戦死してしまいます。
難を転じるようにと八重が袖に南天の刺繍をして送り出した甲斐も無く。

やっと引き上げて来た大阪では慶喜が容保を連れ兵を置き去りにして幕府の軍艦で江戸に帰ってしまう。最後の一騎まで戦うと言っていたのに。
江戸で態勢を建て直す事を進言した神保修理は敗戦の責任を一身に受けて切腹させられてしまいます。
出ましたね、殿と涙の別れ!

朝敵になる事を恐れた慶喜は老中を解任、会津にも国許に帰るように命令します。
その国許では、修理の妻雪子や八重が夫や兄の無事を祈っている様子、家老に復帰した頼母、恭順を主張し権八と対立する尚乃助などが描かれています。

先週、今週、と見て来て今更のように思った事。
このドラマを好きな人は以下読まないで下さい。かなり不満を書いていますから。

主役のはずの八重をおろそかにして迄5ヶ月以上も延々と時勢を書き続けて来たのに会津の悲運を決定付けた鳥羽・伏見の合戦の状況描写のお粗末な事。時系列がはっきりしない為とっても判りにくい。
大敗してから大阪城を出て江戸に帰る迄の説明も簡略すぎます。
大阪城の藩士達をまとめ船で江戸まで送り出したのは表用人だった大蔵なんですけれどね。ついでに言えば三郎は回送中の船の中で死んだようです。

この作者は全体を俯瞰して見る目が欠けているとしか言い様がないです。
この方過去の作品を見ると「おん宿かわせみ」「慶次郎縁側日記」などで歌舞伎で言えば世話物が得意で時代物には向いていないのでは。

一番腹立たしいのは大蔵さんの扱い、今までの不満爆発です。
ドラマですから多少の脚色は仕方ないですが大蔵の扱いは酷すぎます。
初恋設定だって馬鹿みたい。殆ど何のエピもなく・・・八重に向かって「あなたは会津そのものです」・・・と言わせたい為だけの初恋設定なんですかねえ。

外国行きもそうです。攘夷思想にかぶれて熱くなり過ぎた大蔵を案じた周囲が幕府の遣露使節の随行員として送り出した訳でしょう。帰って来てからと事実とは全く逆の書き方をしてますね。
前は坊ちゃん育ちのような書き方をしていたのが帰国してからはまるで只の熱血お馬鹿さんじゃありませんか。

鳥羽・伏見の合戦の時大蔵は最初は戦闘に参加していません。4日目に敗走して来た残兵を大阪から枚方へ迎えに来たと会津戊辰戦史(高すぎて買えないので又図書館で借りて来ました^^)に載ってます。残兵を指揮して大阪へ向かったと。
その時の姿は洋装、洋鞍とはっきり書いています。
今回大蔵の撃った砲弾が大山弥助の耳に当たったと書かれています。
確か大山は蛤御門の変の時に怪我したんじゃなかったかしらん。
後日の捨松との縁の伏線の積もりなんですかねえ。

大昔でなくかなり近い時代の事、資料も残っています。余りな逸脱は玉山さんが演じているだけでなく山川大蔵が好きになってしまった私としては全く不満な進行の仕方です。
大蔵さんの名誉の為にももう少し知的に書いて欲しいです。

こんな人じゃなかったと私は思う大蔵さん

O21a

八重の桜 第20話 開戦!鳥羽伏見

第20話 開戦!鳥羽伏見

王政復古を受けて慶喜は体勢を立て直す為の策がある為として大阪城へ引くと言う。
容保も一緒に。
林権助、佐川官兵衛そして大蔵が一戦も交えずに引くのかと引きとめようとしますが、4年前の長州を思い出せ、殿を朝敵にしたいのかと言う修理の言葉でやむを得ず従う事に。
二条城の裏口から密かに大阪へ向かう幕府軍、まさに都落ちですね。
しかし大阪で慶喜は各国公使らを引見するなどなお力を持つことを示し、薩摩の西郷は戦を始める口実を作る為江戸で騒ぎを起こします。
西郷の挑発に乗らないように説得に駆け回る勝の様子が。
会津藩邸の梶原平馬に「西郷と言う化け物に火をつけてしまった・・・」今頃言っても遅いわね。
その藩邸の平馬の許に二葉が子供を連れて京を引き上げて来ます。
京にいるうちに平馬の浮気が許せなくて会津へ帰って来た、と思っていたのでこの展開は意外。

慶喜の思惑は外れ江戸で戦の火蓋がきられ、大阪の慶喜も開戦を決意。容保も出陣します。
この出陣の儀式の様子詳しく書かれてます。さすが殿重視のこのドラマね。
大阪へ移ってわずか半月で鳥羽・伏見の戦が始まります。
江戸から八重の弟三郎も上洛林権助の陣に加わるのですが、最新の武器を備えた薩軍に幕府軍は大敗。林も戦死してしまう。
この戦闘の様子ですが余りに局地的で一寸わかりにくかったですね。なんだかほんの少数で戦っているようで。
林の率いていたのは砲兵隊のはずなんだけれど良く判らない書き方でした。

京に残っていた覚馬は開戦を知って単身止めに行きますが薩軍に捕らえられてしまいます。

会津では政変の知らせが届き女性達は神社に奉納する戦勝祈願の幟を縫い、八重は銃の練習に励んでいます。

やっと八重の出番が多くなりそうです。
話自体も少し面白くなって来たかな。
只三郎や修理をはじめかなりの登場人物が死んでしまうのを知っているだけに今から切なく辛いです。

この鳥羽伏見の戦いって薩摩と幕府軍との戦だったんですねえ。
私闘と言われても仕方ないかな。

しかし登場人物が多いから一人ひとり詳しく書いていては話が進まないのでしょうが、大蔵の扱いは今回はまあおくとして、修理の書き方には一寸納得できない思いがあります。
次回のタイトルが「敗戦の責任」ですから来週もう切腹ですか。
長崎滞在中のepisodeも全く無かったしね。
もう少しその他藩にまで聞こえた「器量」に触れて欲しかったです。
この分では先の事ですが慶喜が脱出したあとの大阪城の始末をつけた大蔵の話もthroughの可能性大だわね。

今回は恐いお顔か難しいお顔のシーンばかり・・・

O191a  O201a

八重の桜 第19話 慶喜の誤算

19話 慶喜の誤算

薩長と岩倉の陰謀が着々と進み・・・会津目線ですから陰謀ですね。でも公平に見ても偽勅はじめこれは陰謀以外の何者でも無いです。

慶喜は土佐の容堂の進言を要れて政権を奉還する決心をします。
当座の鉾先をかわし体勢を立て直す為に。
しかし岩倉具視が朝廷に復帰し、朝議が行われることになったのを慶喜は身の危険があると言う理由で仮病を使い容保にもそのように指示をして欠席します。
その朝議で長州藩主親子の復権が決定し、御所の警護は薩摩があたるようになります。
欠席裁判・・まさに大誤算、策に溺れた慶喜の姿が良く出ています。


駆け付けた覚馬達が目にしたのは蛤御門の前に立つ薩摩勢。
禁門の変の日と逆の風景です。見ていてやりきれない光景でした。

岩倉の主導で王政復古を掲げる新政府が誕生しますが慶喜と容保は締め出されます。
徳川家への処分に容堂と春嶽が反対しますが刺し殺しても意を通すという西郷の決意の前に押し切られ、慶喜は官職を下げられ領地の半分を削られてしまいます。
それでも巻き返す手はあると大阪城へ向かう慶喜。容保も同行します。

さあ鳥羽伏見の戦いへまっしぐらです。

しかし容保さんはご家訓にとらわれる余り慶喜の意向に唯々諾々ですね。
藩士の事、領内の民の事は念頭に無かったのでしょうか。
藩の存続こそ藩主の一番大事な勤めなのに。

会津では全軍引き上げて帰藩すれば薩長も手が出せまいと語る頼母と正論が通る状況では無いと言う神保内蔵助の語り合いがあります。
肝心の八重の話は大政奉還の知らせに動揺する一家の様子隣家の伊東悌次郎とのエピソードなど、前回と違ってこの回は又男達の政争のドラマでしたね。

大蔵さんは今回は又その他大勢、薩長と一戦交えると叫ぶ佐川官兵衛の後ろに、まあ居たわねと言う程度。
おとなしい育ちの良い大蔵さんが勇ましくなって帰って来たのは良いけれど「知将」らしさはどこへ?
ドラマの後に「会津守護職始末」からの引用があって会津藩士山川大蔵の書いたと紹介がありましたがそっちの方が印象が強かった。
まあ主役の八重がこの扱いですから仕方無いかもしれません。

そう言えば頼母と内蔵助の話合いの中に西郷家は姑、小姑大勢でとさりげなく出ていますが、全員が自刃してしまうんですね。
この西郷一家の悲劇を扱った話を読んだ為会津に目をふさいでいた私、もう今から辛くてこの先ドラマも見たくないような。
玉山さんが出る嬉しさに毎回取り上げて来ましたがこの先一寸辛いかな・・・です。

書き忘れました。
時栄が登場しました。
八重の目線から見れば好意的には書かれないとは思うけれどこのドラマの八重さんは優しいからどうするのか一寸興味があります。

維新銃姫伝&新島八重物語

「新島八重物語」は講談社青い鳥文庫刊ですから児童図書ですね。
半年も前に発行された、しかも児童図書を取り上げた訳は、
歴史が苦手な友人が「八重の桜」を見ていて登場人物が多い上、時代の動きが今一つよく判らなかった所お嬢さんが借りて来たこの本を読んで年表もついていてとても参考になったと言っていたからです。

早速読んでみました。
幕末銃姫伝と維新銃姫伝を小学生向けにアレンジしてあってとても判りやすく八重の一生が書かれています。
但しあくまで創作ですから八重と大蔵のロマンスなどがあって史実とは違いますが、その点さえ気にならなければ歴史の余りお好きで無い方にはお勧めかも知れません。

維新銃姫伝。
幕末銃姫伝の続編です。幕末銃姫伝は大河ドラマ「八重の桜」の製作発表以前に発行されていますが、これは放送1ヶ月前の刊行です。

前作が会津落城で終わっていたのを受けて開城から西南戦争終結そして大久保利通の暗殺で終わる話になっています。
登場人物をすべてドラマのキャストを宛てはめて読んだのでそれはそれで面白かったです。
落城してから奉公していた女中を頼り、その後日新館での尚之助の教え子の助けで米澤に移り、無事でいた覚馬に呼ばれて京へ行きます。その後尚之助との再会、襄との出会いと結婚がしっかり八重目線で書かれています。


一方藩のその後は大蔵の動向を通してかなり要領よく語られています。
藩主容保はじめ、佐川官兵衛、秋月悌次郎、幼い頃の後のコロネル柴(五郎)など旧藩士達のその後も。勿論新政府になってからの政情なども。

そして創作部分、
八重と大蔵、この物語では双方好意を抱き合っているのね。
佐賀の乱の時覚馬の意を受け江藤新平を説得に佐賀に行っていた八重が戦場で重傷を負った大蔵を助ける場面なども出て来ます。

この二人お互い好意を持ちながら何度もすれ違い結局実る事無く終わります。
最後大久保利通暗殺の知らせと共に大蔵はかつて贈られた八重の銃に山吹の花を挿して送り返して来ます。二人の抱えて来たものの終焉を知らせるために。
俗だとかスイーツだとか批判はあるでしょうが流石藤本ひとみさん、面白いですよ。

何より八重がどういう女性だったか、わかりやすく描かれていてドラマの無個性な八重より数段良かったですね。
又ドラマでは軽い扱いの大蔵さんが八重と共に主役ですから大蔵ファンであり、玉ちゃんファンの私にはストレス解消の一冊です^^

51iqqcryexl__sx230__2  61veljwa5kl__sl500_aa300__3    

八重の桜 第18話 尚之助との旅

第18話 尚之助との旅

時勢の動きに会津の防御体制が気になった尚之助は一番の防衛線白河口の視察に出かけ八重も同行します。
二本松城下で砲術の稽古をしている少年達と指導している木村銃太郎に出合い話を聞きます。
この少年達が翌年二本松落城の際木村銃太郎に率いられて戦い大半が戦死するのですが、白虎隊より年少の12才から17才と聞いています。
史実で先を知っているだけに辛いですが、これからの会津はこのような辛い話ばかりが続くのですね。

会津に帰った尚之助は仕官がかない日新館の砲術指南に取り立てられます。
藩では新式銃の必要性は知りながら経済的に無理と言う。
昨年の大火と長崎で買った銃の代金の工面もあると。

一方都では薩摩、長州の倒幕の謀議が公卿の岩倉具視を黒幕に謀られ慶喜及び守護職、所司代を討てとの新帝の詔書を下される所迄進んでいます。
戊辰戦争で官軍の象徴のように使われた錦の御旗も勝手に作ってしまってます。
大山巌の反町さんが登場しました。しかし吉川西郷と言いこの従兄弟同士なんてイケメンなんでしょう^^

慶喜の許に土佐の山内容堂の政権を返上せよとの建白書が届きます。
慶喜はこれを受けると言い、茫然とする容保達。
政権を握っているから倒される、返上すれば討たれる理由は無い。

返上して徳川の威信を保つ事に賭けると言う慶喜ですが・・・
次週のタイトルが「慶喜の誤算」ですからね。
いよいよ戊辰戦争へまっしぐらですね。

そうそう、会津藩では蝦夷から秋月悌次郎が、ヨーロッパから山川大蔵が帰還します。
大蔵さんは週刊女性の取材に登場したお姿でした。
一寸逞しくなってるかな。
しかしこの時の殿、挨拶している大蔵に声もかけないって何でしょう。
単なる留学ではない、幕府の使節に随員として同行したのだし当時の外国です。今の海外旅行とは違う、ご苦労の一言くらいあっても良いでしょうに。
まあ仕方ないわね、作者は大蔵さんを重要人物とは見てないようだから。

このドラマ、史実にかなり忠実に書かれているようですし時勢を書かなければ会津が追い込まれて行く過程が判らないから仕方が無いのでしょうが、八重の存在感薄いですね。
真面目に作られているのに視聴率が今一つ上がらないのはNHKの番宣が「八重」主体なのに今の所どう見ても主役は容保にしか見えないところにもあるのでは。

作者は八重をどうしたかったのでしょうね。
砲術指南の家に生まれたから銃に興味を持った、しかし可愛い普通の娘が止むを得ず銃を取って戦うと言うように書きたかったのでしょうか。
力持ちだったとかお転婆だったとか女として一寸変わっていたとか、成人した八重からは余り感じられませんね。

会津の大火で大八車に衝突しそうになった時尚之助を庇って「えい」と車を止めるのかと思ったら何と反対に庇われてましたね。
これも可愛い八重を見せたかった・・
大蔵の初恋?もおざなりでこれでは実在の大蔵さんに失礼です。

いっそ前半、後半に分けて前半は容保主役にすればすっきりしたのにと思いながら見ています。

帰藩した大蔵さん。今までかなり若く見せていたのがわかりましたわ^^

O14a  O15a

北條5代祭り

5月3日は小田原で北條5代祭りがあります。ブラスバンドやマーチングバンドを先頭にして、初代北條早雲から5代氏直迄その他北條一族の武将達に扮した鎧姿で騎馬の武者行列が市内をパレードします。

去年行く予定にしていたのですがあいにく雨で断念、今日行って来ました。
暫くご無沙汰していたのですが規模が大きくなっていて驚きました。
小田原だけでなく北條氏ゆかりの地からパレードに参加しているのも始めて知りました。
景虎さんの兄滝山城主の氏照には八王子、鉢形城主だった氏邦には寄井町の方々が扮してます。玉縄繋がりで鎌倉からも。
以前からそうだったのに北條氏の事に深い興味が無かったので気づかなかったのかも知れません。
こんなに詳しくなったのは玉山景虎に嵌って以来の事なので(笑)

景虎さんは影も形もないです。
幼い頃から他家へ養子にやられているので小田原にご縁は薄いですから仕方ないけれど・・・
氏康パパも氏照兄ちゃんも、大叔父で養父の幻庵も武者行列のメンバーですし、幼い頃だけでも小田原で育ったのだから・・・ちょっぴり混ぜてくれても良いのに・・・
とは私の願望でした^^

パレードの規模もですが人出も多くなっています。
景虎の兄氏照、氏政のお墓にお参りして来ましたが墓所へ上がる石段の前で順番待ちをする程でした。
町おこし成功かな。

でも、もっと観光客を増やしたいのか、「大河ドラマに北條を!」の幟を立てた一群がいました。
大河ドラマも一頃のような勢いは無いと思いますがそれでも誘致を望む声は多いんですね。
早雲だけでなく北條5代として取り上げるのなら出番あるかしら・・・誰って決まってるじゃありませんか^^

ブログを持って今日で満3年です。
良く続いたと我ながら感心しています。
その前に玉ちゃんファンになって4年半近く。
こっちの方がまあ良く続いているものともっと感心してしまいます。
一体どこがそんなに良いのか不思議に思う位なんですが。

まだ当分覚める気配も無いので^^言いたい放題ながら応援して行きたいと思っています。

八王子の方々、氏照さん  寄井町長さんの氏邦さん
Teru1a   Kunia

初代早雲様          氏政、氏照の墓所

Souuna   Boshoa

« 2013年4月 | トップページ | 2013年6月 »