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八重の桜 第21話 敗戦の責任

第21話 敗戦の責任

鳥羽・伏見の戦いで幕府軍は大敗。
薩長勢は錦の御旗を掲げた為寝返る藩が続出。
会津藩も苦戦の末多くの兵を失い八重の弟三郎も戦死してしまいます。
難を転じるようにと八重が袖に南天の刺繍をして送り出した甲斐も無く。

やっと引き上げて来た大阪では慶喜が容保を連れ兵を置き去りにして幕府の軍艦で江戸に帰ってしまう。最後の一騎まで戦うと言っていたのに。
江戸で態勢を建て直す事を進言した神保修理は敗戦の責任を一身に受けて切腹させられてしまいます。
出ましたね、殿と涙の別れ!

朝敵になる事を恐れた慶喜は老中を解任、会津にも国許に帰るように命令します。
その国許では、修理の妻雪子や八重が夫や兄の無事を祈っている様子、家老に復帰した頼母、恭順を主張し権八と対立する尚乃助などが描かれています。

先週、今週、と見て来て今更のように思った事。
このドラマを好きな人は以下読まないで下さい。かなり不満を書いていますから。

主役のはずの八重をおろそかにして迄5ヶ月以上も延々と時勢を書き続けて来たのに会津の悲運を決定付けた鳥羽・伏見の合戦の状況描写のお粗末な事。時系列がはっきりしない為とっても判りにくい。
大敗してから大阪城を出て江戸に帰る迄の説明も簡略すぎます。
大阪城の藩士達をまとめ船で江戸まで送り出したのは表用人だった大蔵なんですけれどね。ついでに言えば三郎は回送中の船の中で死んだようです。

この作者は全体を俯瞰して見る目が欠けているとしか言い様がないです。
この方過去の作品を見ると「おん宿かわせみ」「慶次郎縁側日記」などで歌舞伎で言えば世話物が得意で時代物には向いていないのでは。

一番腹立たしいのは大蔵さんの扱い、今までの不満爆発です。
ドラマですから多少の脚色は仕方ないですが大蔵の扱いは酷すぎます。
初恋設定だって馬鹿みたい。殆ど何のエピもなく・・・八重に向かって「あなたは会津そのものです」・・・と言わせたい為だけの初恋設定なんですかねえ。

外国行きもそうです。攘夷思想にかぶれて熱くなり過ぎた大蔵を案じた周囲が幕府の遣露使節の随行員として送り出した訳でしょう。帰って来てからと事実とは全く逆の書き方をしてますね。
前は坊ちゃん育ちのような書き方をしていたのが帰国してからはまるで只の熱血お馬鹿さんじゃありませんか。

鳥羽・伏見の合戦の時大蔵は最初は戦闘に参加していません。4日目に敗走して来た残兵を大阪から枚方へ迎えに来たと会津戊辰戦史(高すぎて買えないので又図書館で借りて来ました^^)に載ってます。残兵を指揮して大阪へ向かったと。
その時の姿は洋装、洋鞍とはっきり書いています。
今回大蔵の撃った砲弾が大山弥助の耳に当たったと書かれています。
確か大山は蛤御門の変の時に怪我したんじゃなかったかしらん。
後日の捨松との縁の伏線の積もりなんですかねえ。

大昔でなくかなり近い時代の事、資料も残っています。余りな逸脱は玉山さんが演じているだけでなく山川大蔵が好きになってしまった私としては全く不満な進行の仕方です。
大蔵さんの名誉の為にももう少し知的に書いて欲しいです。

こんな人じゃなかったと私は思う大蔵さん

O21a

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