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2013年7月

八重の桜 第30話 再起への道

第30話 再起への道

鶴ヶ城落城から一挙に半年飛びました。

八重一家は日新館で尚之助に砲術を学んだ米澤の内藤家に身を寄せています。
猪苗代で謹慎していた藩士達は東京へ送られ謹慎する事に。
家老達による藩主父子の助命嘆願が聞き届けられ代わりに萱野権兵衛が首謀者として処刑される事になります。
容保と照姫の信書を預かり別れを告げに来た大蔵と平馬に後事を託す権兵衛。

その頃函館の五稜郭で最後の抵抗を続けていた列藩同盟の生き残りが降伏、戊辰戦争の終結でした。土方の戦死や、頼母と榎本武揚の様子などが語られますが駆け足の展開です。

一年たって藩再興が許可されますが旧領の会津ではなく北端の下北半島に僅か3万石で。承服出来ない藩士達を説得する大蔵達。
藩名と斗南とする、「北斗以南皆帝州」と言う詩から執った最北の地も皆帝の領地、朝敵ではない意味を込めて。力をつけていつの日か会津の名を取り返す、と。
大蔵さん一寸格好良かったわ。
筆頭家老だった平馬は身を引き藩最高責任者に大蔵を選び藩士達は再起の望みをかけて移住を決意します。

斗南へ行く途中藩の再興を伝えに八重を訪ねる大蔵、去る時に八重の力が必要だから斗南へ行こうと誘います。
しかし八重はまだこうして居たい、恨みを支えにしていては前へ進めないと断ります。
そんな八重に尚乃助の言葉を伝える大蔵。
「開城の日、自分の思いで八重さんの誇りを奪ってしまった、それを返す為、八重さんの故郷をもう一度作る為斗南へ行く」
八重は言います「待っています、と伝えて下さい」と。

この八重を誘う話は何の為?まだ大蔵は八重の事を思っていると言いたいのでしょうか。
又は男並に戦った戦友として一緒に仕事がしたいのか・・・
この二人の関係はきちんと書き込んで来なかった為何とも始末が出来ていないようで・・・
書き方によってはとても良い関係になったのに、残念です。

そうそう健次郎が長州の奥平健輔を頼って脱走するいきさつが平馬の話として出て来ました。秋月悌次郎の決死の働きで二人の少年に会津の未来を託すのですがこれもさらりと語られるだけ、無駄な部分も多いのだから興味を持てるような話題はちゃんと取り上げて欲しかったです。

戦死者の遺体の始末など見事にスルー、家族の遺体を必死に探した日向ユキの話も当然無し、その為にユキを出していたのかと思っていたので一寸肩すかしにあったような気分でした。

今回は敗戦後の1年間を駆け足で通りすぎたような回でした。

まあ玉山さんの出番が多くて素敵だったからまあ良いか^^やはりいいおとこです。

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八重の桜~会津編を終わって

29回は「鶴ヶ城「開城」次回タイトルは「再起への道」だそうです。
次回からは「京都編」だそうで会津から軸足が移るのでとりあえず今までを振り返ってみました。
最初の発表では主人公は新島八重。
災害で打撃を受けた東北の復興支援ドラマと言う事でした。
容保の初のお国入りから始まって降伏開城まで7ヶ月をかけています。

半年以上を費やして戊辰戦争を書いて来た事になります。
堂々たる大河ドラマになったはずでした、

史実から大きく逸脱していないし真面目な作りと評価される人も多いようですが私にとってはかなり期待外れな出来でした。

NHK側の最初の製作意図は八重と言う女性の一生を追うドラマだったのでしょうが戊辰戦争を全面的に取り上げ、容保を正面に据えてしまった為に話が散漫になってしまった。
そして史実を並べただけのダイジェストのような進行。
多くをナレーションに頼りドラマ終了後の紀行の説明で片付ける・・
男達の戦っている姿が殆ど表現されていない・・・
史実を自分のものにしてドラマを作り上げるのが作家だと思うのですが、多分この作者はこう言った大きい時勢を書くのは不得手なんじゃないかな。

八重の目線で通せば良かったと思いますがその八重の造形が出来ていない。
折角大蔵との初恋設定にしたのですからその様子をもう少し丁寧に書いてくれていたらと思います。
1話の追鳥狩りのシーンや2話の火蓋の蓋の字を大蔵に聞く所までは良かったんですけれどね。
大蔵が八重に惹かれる様子を通して当時の女性像からはみ出している、しかし活き活きとした魅力ある女の子として描いていく展開もあったんじゃないかと。
ならば共感も興味も持てたのに、と残念に思います。

まあ大蔵が玉山さんだから大蔵に関しての指摘が多くなるのは仕方ないとして・・・
他の藩士達の書き方ももう少し何とかならなかったのでしょうか。

登場人物が多いとは言え一人一人丁寧に造形していないし書き方が表面だけの浅い書き方だからドラマとしてもの足りないのです。

主役の八重が書ききれていないのだから仕方ないのかも知れませんが。

作者は視聴者が興味を持って見るだろうと言う事を考えているのか疑問に思った事は多々あります。
無駄なシーンも多い中興味深いエピは沢山あるのに。

半年以上時間をかけたのだから物語の構成をもう少し考えた方が良かったんじゃないか・・・
それにドラマを盛り上げる工夫がされていませんね。
一例を挙げれば前にも触れましたが彼岸獅子入城の所、何故頼母のシーンを挟んだのか。

折角篭城戦唯一の明るい話題で城内も大いに沸いた事件だと言うのに、そして私のように期待した人も多かったでしょうに。

次回から京都編と言う事は東北の復興支援からは離れてしまいますね。
会津の観光客は相当増加したそうですから此処まででお役ごめんでも良いのかもですが。

これからは作家のお得意な市井のいわばホームドラマ的なものになるとしたら面白くなるかも知れません。
私も京都以降の八重の資料は殆ど読んでいないので余計な事を考えずにドラマを楽しむ事が出来るかも知れません。
只、京都の私学に興味が持てればですが。

京都で成功した山本家より開城以後の会津藩の人達の動向の方に興味があります。
ドラマでも少しは扱うようですが斗南移住から西南戦争迄。
佐川官兵衛や斉藤一のその後、追鳥狩のシーン以来ずっと大蔵と一緒に出ていた小出光輝と竹村俊秀のその後とか、健次郎や後年義和団の乱で有名になる柴五郎の話など。

随分沢山の資料や本を読みました。
初めて知った事もいっぱいあって不満も沢山あるもののそういう点では戊辰戦争時の会津を取り上げてくれたこのドラマを見て良かったとは思います。

八重の桜 第29話 鶴ヶ城開城

第29話 鶴ヶ城開城

篭城から約一ヶ月、激しい政府軍の攻撃に死傷者も多く糧食の尽き掛けた城内では補給路を取り返す為に決死隊が出陣します。
八重の父権八もその中に。

戦績は益々悪化、ついに最後迄味方であった米澤藩も敵に降り、降伏を勧める文書が寄せられます。

決死隊も出撃しているし、冬まで持ちこたえられれば戦況も変わると言う大蔵に介右衛門は「冬まで持つとは思えない」と返します。

砲弾の鎮火に失敗重傷を負った登勢が息を引き取ります。
そこへ決死隊として出撃した健次郎が戻りますが大蔵は、何故討ち死にしなかったのか、此処で腹を切れと迫ります。
軍事総督として弟が敗走して来たのが許せ無かったんですね。

容保はついに降伏を決意、秋月悌次郎を使者として土佐藩陣営に送ります。

降伏に決まったと言うのに決死隊として出撃した権八は米を持ってて帰城の途中弾に当たって倒れます。
今回も権八、登勢と死んで行きます。

降伏は受け入れられ開城と決まり、容保は藩士達に罪はこの身にある、皆は生きよと最後の君命を下します。
その時八重が叫びます
「会津は逆賊ではない。会津の誇りを守る為亡くなった人達の為にもそれを証明出来るのはお殿様しかいない、何があっても生きて下さい」

主役だから仕方ないんだろうけれど何故八重が・・この熱弁違和感ありまくりでした。

降伏式が行われ藩士達は無念の思いを忘れぬようにこの降伏式に敷かれた緋毛氈を小さく切って泣血氈と名づけて持ち帰ったと言います。この話は有名ですがドラマでは語られず紀行で触れただけでした。

容保父子と照姫は城を出て謹慎、藩士達も猪苗代に送られて謹慎と決まるのですが、その中に八重の姿が。これも史実のようですが最後迄男として全うしたかったんですね。
その時尚之助が「女がいる」と叫びます。茫然とする八重、どうなるか判らない中八重を助けようとしたのでしょう。これが夫婦の別れになるなかな。

そうそう時尾と斉藤の一寸した触れ会いがありました。斗南で結婚するのにいきなりでは、と言う事なのかな。

やはり城明け渡しの大蔵さんの姿は見られませんでした。
皆と一緒に猪苗代へ行っちゃいましたね。
前原一誠との良い話もあるのに。

私はこのドラマの大蔵さんは実像と違いすぎて好きじゃ無いです。
敵にまで一方面の司令官には惜しい器量と言われ、最期に日光口から退却する際歌を詠ませて残して来るような大きさが全然書かれていないから。

健次郎が敗走して帰城したのを咎め切腹しろと迫ったのは史実だし、軍事総督の任にあるのに弟が逃げ帰って来たのは許せないでしょう。
しかし何も登勢さんの死に続けて出さなくても良いでしょうに。
このような書き方だとまるで八つ当たりにしか見えないんですけれどね。
彼岸獅子入城の盛り上がるべきシーンにわざわざ頼母のシーンを入れる。
この作者は大蔵さんに悪意を持っているのではと迄思ってしまうんですね。
斗南まで出るようですが尚之助が藩金を持ち逃げされる事件で敵役にしないで頂きたいです。

今週も恐いお顔ばかり。この作で優しい表情はまず無理・・

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会津戊辰戦史について

先日この会津戊辰戦史について山川健次郎の筆によるもので山川家寄りになっていると言う趣旨の意見を見ました。
驚いたので一寸一言。
お読みになればすぐわかる事ですがこの書は多くの方が丹念に資料を集めそれを健次郎が監修して上梓したものです。序文だけでも目を通していればこんな意見は出て来ないものと残念に思います。

内容がどんなに詳細に記されているか、目次だけでもうかがうことが出来ます。
目次と序文の要約を最後にを載せてみたので興味のおありの方はご覧下さい。

又先日中村彰彦さんの小説「修理さま 雪は」の中の「飯盛山の盗賊」の内容を「白虎隊士の遺体,は暫く発見されず、10月になってやっと発見されますが新政府軍は遺体を葬る事を許さず収容されたのは2月だったそうです。」
とご紹介したしたところ政府軍は埋葬を禁止などしていない、作家の捏造だとの意見がありました。
しかしこの会津戊辰戦史の巻十の中「白虎隊死体の埋葬」として滝澤村肝煎が放置を見かねて葬ったところ政府軍に捕らえられた事が出て来ます。
会津藩士の命を受けていなかったとして許されるのですが。
その後町野主永らが政府軍に掛け合って飯盛山の遺体に限り埋葬の許可を得るとあるので制約があったようですね。
その後に続けて、そのほかの戦死者の埋葬も掛け合って許可はやっとおりたものの場所を限られしかも拝殿や墓標を建てた所政府軍より拝殿は破棄墓標を撤去せよとの命令があったと書かれています。

同じ小説の中の「残す月影」
八重の話です。
巻八下に次のよう記載されていました。八重の話を探してやっと見つけたものです。
「川崎尚之助の妻八重子は山本覚馬の妹なり、篭城中に在り髪を断ち男子の軍装を為し銃を執って城壁又城楼より屡〃敵を斃せり、覚馬は西洋砲術を以て名あり、八重子は平生之を兄学びて練修し万一の用意を為せしなり。成人婦人の戦いに参するを諌めたるも八重子聴かず、進撃ある毎に必ず密かに隊後に加われり、この日八重子は城兵と共に城を出でんとするに当たり和歌を賦し潸然として涕泣す、人皆同情の感に堪へざりきと云ふ
明日の夜はいつこの誰かなかむらんなれし大城に残す月影」
小説と同じですね。

実はこの項に続けて中村半次郎らが城を接収する話になっています。
対応する会津方として「藩相山川大蔵」と各奉行の名があります。
さあ開城でこの場面出してくれるでしょうか。
大阪退去の際の活躍もスルーされちゃってますから・・・

目次と序文です。

巻一  大政奉還
巻二  鳥羽伏見の戦い
巻三  江戸及び近郊の形勢
巻四  總野の戦
巻五上 東方の戦上
巻五下 東方の戦下
巻六  越後方面の戦
巻七  会津の形勢
巻八上 会津城下の戦其の一 自八月十九日至八月二十四日
巻八中 会津城下の戦其の二 自八月二十五日至八月二十九日
巻八下 会津城下の戦其の三 自八月晦日至九月二十四日
巻九  南方の戦
巻十  戦後の処置
巻十一 付録

序文を一部原文のまま要約を交えて上げておきます。

緒言

「本書は会津戊辰戦史と題し、慶應三年十月大政奉還より筆を執れり、是れ会津藩に関する維新前の事蹟は郷人男爵山川浩氏の筆に成る京都守護職始末に詳記せるを以てなり。
明治戊辰に於ける会津史実に関しては、会津人又は他郷人の幾多著述ありと雖も、いずれも多少不完備の謗りをを免れざるは要するに資料の収集選択十分ならざるの致す所なり。」

このあと白井新太郎氏が資金を提供し藤沢、飯沼両氏と謀って戊辰戦史の編成を企画資料蒐集及び編集費に充当、旧藩主松平家よりも若干の寄付があり古河氏が編集の任に当たり数年で脱稿、とあります。

しかしまだ足りないとして
「詳らかならざるの憾みなきにあらず。是に於いて大正十一年十月同郷有志松平邸に相会して該史稿の訂正増補を為すことを決し同郷先輩男爵山川健次郎氏を擁してその完成を一任せり。」

健次郎は寄付を募り又私財を寄付し編纂委員を選定、監修して昭和六年完成した。とあります。

八重の桜 第28話 自慢の娘

第28話 自慢の娘

大蔵が兵を連れて無事帰城、一時明るくなった城内ですが政府軍の猛攻は激しくなるばかり。
開城を説いた頼母は城を追われ二度と戻る事はありませんでした。

帰城した大蔵は軍事総督を命じられます。
補足するとこの時平馬は政務総督、官兵衛は城外諸兵指揮です。
官兵衛はともかく平馬は25才、大蔵は23才です。この若い二人が首相と防衛大臣です。
上席家老が死んでしまった為とは言え昔の人は凄い。

八重は落下した砲弾を濡らした布団で押さえ消火します。
砲弾の仕組みを知っているから出来た、いつ爆発するかわからない危険な仕事だと言う八重に二葉や登勢など女達が砲弾の消火を決意します。
大蔵の妻登勢は消火に失敗、命を落とします。
しかし夫が思いを寄せていた八重が教えたこの作業で死ぬ事になるなんて登勢さんには余りな展開だと思ったけれど。作者はどう考えたんでしょうかね。

その「焼玉」押さえを見た容保は八重を呼び砲弾と信管の仕組みなどの説明を聞きます。
覚馬の妹と知って良く似ていると言う容保に八重はお殿様にはお会いした事がありますと、
初のお国入りの追鳥狩の時に声を掛けられた事を話します。
「武士らしく名乗り出たのだから卑怯ではない」
その時からいつか強くなってご恩を返そうと思っていたと。

しかしこの「焼玉押さえ」の働きで褒められたのは八重では無かったんじゃあ・・・
まあすべて主人公の手柄にするのはここ数年大河ドラマの常套手段ですから。
洋式調練、砲術指南だってフランス士官から習って教えたのは大蔵さんなのに尚之助になっちゃってたし。

今回は攻撃に耐えて働く城内の女達の様子が書かれています。
負傷者の手当て、食事の支度等々
その中で八重の指導で敵の不発弾から火薬を抜いてゲベール銃の弾丸を作る作業まで。

そんな八重の姿を見ていた権八は佐久に言います
「一度も認めてやらなかった、女が鉄砲など上手になっても身を滅ぼすだけだと思ってた。しかし鉄砲を学んだ事は間違っていなかったかも知れない・・・」
八重の事を誇りに思うようになった権八でした。

会津軍は窮状を打開する為佐川官兵衛が米澤への道を開く為出撃する事になります。
夜明け前に奇襲を掛ける作戦でしたが。
容保から出陣の酒を振舞われ酔って寝込んでしまい寝過ごすと言う失態を演じます。
この長命寺の戦いですが出遅れた為大苦戦となり大敗してしまいます。
容保の前で「必ず米澤への道を開きます、出来ない時は生きて城に戻らぬ覚悟」と言うのですが負けたけれど生きて戻ってますね・・・敗戦で会津は益々窮地に陥るのですが。

戦闘描写、俯瞰場面が少し出ましたがそれでもまだまだわかりにくいですね。CGを使うのは予算が無い?

それから敵中突破して戻った大蔵さんに大殿の労いの言葉はとうとうありませんでした。
黒金門まで出迎えて労う場面を入れても僅かの時間で済むのに。
作者は容保がお気に入りのようだけれど他でいくら持ち上げてもこのような書き方では容保の器量をが下がるのではないかしらね。

大蔵さまは和やかなお顔も束の間、又厳しい表情になってしいました。
先週の一寸ほっとした一齣をお口直しに。

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篭城戦の若い責任者達。
上席の萱野権兵衛は城の外で戦っていて不在でした。

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神保雪子他~八重の桜27話

第27話を見て気になる事をかなり書きました。
文句ばかりで少し気が引けて触れなかったのですがどうしても気になって・・・
今日は文句特集です。
気になる方はご覧になるのをお止め下さい。

一つは神保雪子の最期の取り上げ方です。
彼女の死のいきさつは最初は判らなかったようです。
しかし雪子の最期に立ち会った土佐藩士吉松速之助が後で語った所から明らかになったようです。
いきさつは大体ドラマで書かれたような事だったらしいですがとても気になった事が。
雪子は吉松に名を聞かれて答えず死んでいます。
ならば吉松はどうして彼女の名を知ったのか、不思議です。
些細な事だと言われるかも知れないですがこのドラマそういった類の事がかなりあって気になるんですね。

会津戊辰戦史には中野竹子の最期の後に次のように記されているだけです。

「神保雪子も亦此の日奮闘して敵弾に斃る時に23才なり。(引用七年史、等の注あり)」
ご存知の方も多いでしょうが七年史の著者は神保修理の弟北原雅長ですから雪子の義弟です。このドラマには登場しませんがずっと容保の側近だった人です。
雪子にとって余り知られたくない事柄なので敢えてずっと触れずにいたのかも知れないなどと想像してしまいました。

もう一つはこれは少し書きましたが大蔵の入城の際の容保の扱いです。
ドラマの構成として頼母とのシーンを何故あそこに持って来たのか。
入城の前でも後でも良いではないかと思います。
盛り上がるべき所が台無しでとても残念に思いました。
1話であんなに良かった容保さんも嫌いになるばかりです。
作者はかなり殿に肩入れしているようですがこんな書き方、もううんざりです。

前回の白虎隊自刃の場面もそうです。
少年達の絶望感など少しも伝わって来ませんでした。
この作者は視聴者を惹きつけるような描写は嫌いなんでしょうか。
何故視聴率が低迷しているかもう少し考えた作りをして頂きたいですね。

八重の桜 第27話 包囲網を突破せよ

第27話 包囲網を突破せよ

タイトルは最初たしか彼岸獅子入城じゃなかったかしら。
とにかく半年、キャスト発表からなら1年以上待っていた回です^^
それは番組の終わりに何分あったでしょうか、待ちに待った身としてはほんの一寸の光景に思えましたけれど。

この回は8月24日、城下にまで敵に攻め込まれた篭城2日目の様子から。

八重は夜回りに夜襲にと男をしのぐ活躍を見せる。
中野竹子達は照姫が城を出たと言う噂を信じて坂下に向かいます。姫は城外に出ていない事を知りに戻ろうとしますが城は敵に包囲されていて近づけない。
萱野権兵衛の陣に頼み込んで参加させて貰い奮戦するのですが竹子は銃弾に当たって戦死。雪子は捕らわれて自刃します。
わかっている事だしこの戦うシーンは余り良い出来とは言い難いけれど、それでも沢山の死を見るのは辛いですね。

城では篭城に備えて次々と応戦していた藩士たちが帰って来ます。
しかし兵の数が余りに足りない。
大蔵がいれば、と平馬は呟きます。敵を一歩も進攻させず無傷なのは大蔵隊だけなんですね。

これは出口のない戦いだとひたすら開城を説く頼母ですが他の重職達に白河を守れなかった責任を問われ返す言葉がなく溝は深まるばかり。

容保ももう恭順の時期は失した、城と命運を共にすると言います。
結局頼母は越後口へ行けと容保に命じられて城を出されてしまいます。

帰城の命を受け近く迄戻って来た山川隊ですが城は包囲されて損害無しでは近づけない。
一兵も失いたくない大蔵は奇策を思いつきます。

城内に季節外れの彼岸獅子のお囃子の音色が聞こえて来ます。
何事かと見守る城内の人達。
敵兵の中を彼岸獅子を先頭に立て兵を従え悠々と行進して来る馬上の大蔵さん。
格好良かったわ!
(お芝居なら待ってました!の掛け声がかかる所ですね・・・・失礼しました)
味方だ!会津兵の入城だ!門を明けろ!と城内は沸きます。
敵と間違われ撃たれ無いため会津独特の彼岸獅子を使った大蔵の奇策でした。

沸く人々の中雪崩れ込んでくる大蔵隊。
先頭に立った幼い彼岸獅子は以前獅子同士の喧嘩の際に八重と大蔵に助けられた小松獅子の子供でした・・と此処でちゃんと八重の出番があるように敷いた伏線回収です。

この大胆な敵中突破が成功したのは政府軍が多くの藩の寄せ集めで指揮系統がはっきりしていなかった事や兵たちの軍服が筒袖だんぶくろとどの藩もほぼ同じだった為などと言われれています。

そう言われているのに大蔵さんの服を何故青にしたのか疑問です。
目立っちゃうじゃないの!
番組後の紀行の絵でも大蔵さんは黒い軍服でしたよ。

そうそう紀行で彼岸獅子を取り上げたのですからこの時の小松獅子のメンバーは全員無事帰村した、と一言あって欲しかったです。

暗く意気上がらない会津軍に久しぶりに明るさをもたらした大蔵の帰城でした。
「お帰りなさい、だんなさま」と出迎える登勢子を思わず?抱きしめる大蔵さん、初めて描かれた夫婦らしいシーンでした。

これで大蔵の初恋設定、もうおしまいにしてくれるのでしょうか。
本当に意味のない大蔵さんに失礼な設定でしたね。

ところで、関係者の方はどう感じていられるのか心配でしたがやはり・・・山川家の子孫に当たる方が「いい加減この設定を何とかして欲しい、いつまでもあんまりですとツイートなさってました。
丁寧でソフトな表現をなさっていましたがあまり良い気持ちはなさってなかったのでしょうね。

私の曾曾祖母(曾もう一つかな)は砲術家で有名な家から来た人で曾祖母から話を聞かされたものでした。
つまりこの時代ははるか昔の話ではなくかなり身近な近い過去なんだと言いたいのです。
作家はごく近い時代に生きた方達を取り上げているのですから「私」の部分を書く時には心して貰いたいとつくづく思った事でした。

いつも同じ事で気が引けますがこのドラマ、端折る所が多すぎます。
包囲されてかなり絶望的な状況になっているはずなんだけれど、八重の周囲の戦闘しか見えず。
各地での藩士達の戦闘場面は殆どなく、何故女と子供が戦闘に駆り出されるのか説得力がない。
日光口の山川隊の戦闘振りも全く無視。だから大蔵が戻ればの平馬の言葉も唐突だわね。
篭城するため呼び戻される説明もない。

組み立て方下手なんだなあ・・と。
緊張感とか悲壮感とか薄すぎるんですよね。

忘れるところでした。大蔵帰城の際、藩主父子は黒金門(正門)まで出て労を労ったと言います(会津戊辰戦史)。

今回の容保さん、全くの無視はないんじゃない!上に立つ人として最低です。
もしかしたら次回お褒めの言葉があるのかも知れないけれど、その場にすぐ来なければ意味ないわね。

入城後の大蔵は戦っている時の阿修羅のような形相から一転、穏やかな良い表情でした。
久しぶりに見ているこちらもほっとしました。
戦闘中の大蔵さんは顔芸とかなんとか揶揄されているけれどこれはこれまでどれだけ苛烈な戦闘をしていたのか一切描写が無い中せめて表情でしか表現出来なかったんじゃないかと。

さあ、お楽しみは終わってしまいました。
これから見続ける元気があるでしょうか。

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パートタイム探偵~八重の桜intermission

2002年テレビ東京系・BSジャパンで放映されたTVドラマです。
フジTWOで30日に再放送されました。

玉山さんの公式にも載っていない幻の(大げさ!!)のドラマで見られるとは思っていなかったので一寸嬉しい。

撮影順から行くとガオのあと真夜中は別の顔の次、薔薇の十字架の前くらいかなと思います。
雰囲気が良く似ているので多分深田恭子さんのPV「時間の国のアリス」と同時期でしょうか。

主演は松坂慶子さん。共演吉田栄作さん、黒澤年男さん、大杉連さん、近藤正臣さん、宮崎美子さんなど。

松坂さん扮する典子は夫と二人の子供と暮らす主婦ですが、夫は務める銀行に合併話が持ち上がりリストラの危機に。
典子は家計を助ける為にアルバイト探しをしますが中々見つからない。
一寸したきっかけで知り合った吉田栄作さんの探偵事務所に頼み込んでアルバイトを始めます。

客から愛人のホステスコトリの浮気調査を頼まれ調査しているうちにコトリが殺されてしまう。
又心中と見られていた夫婦の事件が実は殺人でともに実は依頼人が絡んでいる事がわかってきます。

コトリは恋人の美容師と共に自分達の店を持つ夢を実現させる為依頼人を脅して・・と簡単に言ってしまうとそんなスト-リーなんですがこのドラマ結構面白かったです。

おっとりしているのに正義感が強い典子の役柄が松坂さんの暖かい雰囲気に合っていて殺人事件なのに中々楽しく見ました。

玉山さんは被害者コトリの恋人の美容師。カリスマ美容師って紹介です^^
出番はそれ程多くはありませんが思ったよりはありました。
只、襲われて怪我をした設定で半分くらい絆創膏を貼っていて一寸残念^^
当時22才、若いです。そして可愛い!細い!
11年たって大蔵さんを演じている彼とは別人のようです。
この頃の映像を見るとリアルタイムで見たかったとつくづく思います。

若く可愛い玉ちゃんを見て大蔵さんで溜まったストレスが一寸発散出来ました(笑)

そうそう監督は三池崇史さん。こんなドラマも撮っていたんですね。一寸意外でした。

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八重の桜 第26回 決戦のとき

第26回 八重、決戦のとき

家族達も入城するようにとの合図に山本家の女性達も城内に入ります。
次々入城する家族達ですが城内で八重は戦闘に参加すると言います。戦いに行く娘にかける言葉が無いと言う佐久の言葉は一寸切ない。

精鋭達は前線に出払って手薄になった城の防御、八重は自分が鉄砲隊の指揮をとると言いますが女には戦は出来ないと相手にされません。

この時の八重の言葉は良かったですねえ。
「都から傷だらけになって帰って来た皆さまを見た時から、帰って来なかった家族を待ち続けたあの時から、男も女子も無い会津全部の戦いだ・・・私は山本覚馬の妹だ、鉄砲の事なら誰にも負けない・・・大事な故郷会津はこの手で守る」
重職たちも遂に八重に鉄砲隊を任せます。

城に残った15才以下の少年を指揮して戦闘に参加する八重。
最初から番宣で散々見せられたシーンです。
半年待たされましたね。

一方ユキ達の一家は遅れた為に入城出来ず敵兵の中逃げ惑う事になります。
入城せず足手まといになるのを避け一族二十数人自刃した頼母の一家の話、
照姫が坂下に移ったと言う話を信じて坂下へ向かう中野竹子が此処で自刃するという神保雪子を励まして同行する話など。

頼母の屋敷で死にきれなかった細布子が踏み込んで来た敵兵に「敵か味方か」と尋ね味方だと答えた相手に介錯を頼む有名な場面も。しかしこの人板垣退助?板垣さんは日光口での谷干城の役やらこの場の土佐兵の役やらお忙しい事です。

神保雪子の話もどうしてこうしちゃったのか、知られすぎているお話は余りいじらないで欲しいものです。

白虎隊士の飯盛山での自刃、土佐と内蔵助が刺し違えて死ぬ場面、次々と死んで行くシーンが書かれ見ていて胸が痛む思いですが今一つ感動が得られない。
と言うか散漫になって素直に感動出来ないんですね。

時尾に髪を切って貰うシーンなどこう言ったシーンなどは良いのですが。

八重の戦闘シーンも迫力があって中々良かったものの、城内のどういう場所で戦闘が行われているかさっぱり判らない。

何度も言っていますが物語の枠組と言うか全体をまとめる力が見られない。
このドラマへの最大の不満点ですね。

いつも文句ばかりで気が引けますが清盛で失望した分期待が大きすぎたのがいけないんでしょうね。
今になってもまだいくらか期待しているので文句言っちゃうんだと思います。

来週は彼岸獅子入城です。
大いに期待したい所ですがこの作者の大蔵さんの扱い方は軽すぎるのでどうでしょうか・・・

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