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八重の桜 第29話 鶴ヶ城開城

第29話 鶴ヶ城開城

篭城から約一ヶ月、激しい政府軍の攻撃に死傷者も多く糧食の尽き掛けた城内では補給路を取り返す為に決死隊が出陣します。
八重の父権八もその中に。

戦績は益々悪化、ついに最後迄味方であった米澤藩も敵に降り、降伏を勧める文書が寄せられます。

決死隊も出撃しているし、冬まで持ちこたえられれば戦況も変わると言う大蔵に介右衛門は「冬まで持つとは思えない」と返します。

砲弾の鎮火に失敗重傷を負った登勢が息を引き取ります。
そこへ決死隊として出撃した健次郎が戻りますが大蔵は、何故討ち死にしなかったのか、此処で腹を切れと迫ります。
軍事総督として弟が敗走して来たのが許せ無かったんですね。

容保はついに降伏を決意、秋月悌次郎を使者として土佐藩陣営に送ります。

降伏に決まったと言うのに決死隊として出撃した権八は米を持ってて帰城の途中弾に当たって倒れます。
今回も権八、登勢と死んで行きます。

降伏は受け入れられ開城と決まり、容保は藩士達に罪はこの身にある、皆は生きよと最後の君命を下します。
その時八重が叫びます
「会津は逆賊ではない。会津の誇りを守る為亡くなった人達の為にもそれを証明出来るのはお殿様しかいない、何があっても生きて下さい」

主役だから仕方ないんだろうけれど何故八重が・・この熱弁違和感ありまくりでした。

降伏式が行われ藩士達は無念の思いを忘れぬようにこの降伏式に敷かれた緋毛氈を小さく切って泣血氈と名づけて持ち帰ったと言います。この話は有名ですがドラマでは語られず紀行で触れただけでした。

容保父子と照姫は城を出て謹慎、藩士達も猪苗代に送られて謹慎と決まるのですが、その中に八重の姿が。これも史実のようですが最後迄男として全うしたかったんですね。
その時尚之助が「女がいる」と叫びます。茫然とする八重、どうなるか判らない中八重を助けようとしたのでしょう。これが夫婦の別れになるなかな。

そうそう時尾と斉藤の一寸した触れ会いがありました。斗南で結婚するのにいきなりでは、と言う事なのかな。

やはり城明け渡しの大蔵さんの姿は見られませんでした。
皆と一緒に猪苗代へ行っちゃいましたね。
前原一誠との良い話もあるのに。

私はこのドラマの大蔵さんは実像と違いすぎて好きじゃ無いです。
敵にまで一方面の司令官には惜しい器量と言われ、最期に日光口から退却する際歌を詠ませて残して来るような大きさが全然書かれていないから。

健次郎が敗走して帰城したのを咎め切腹しろと迫ったのは史実だし、軍事総督の任にあるのに弟が逃げ帰って来たのは許せないでしょう。
しかし何も登勢さんの死に続けて出さなくても良いでしょうに。
このような書き方だとまるで八つ当たりにしか見えないんですけれどね。
彼岸獅子入城の盛り上がるべきシーンにわざわざ頼母のシーンを入れる。
この作者は大蔵さんに悪意を持っているのではと迄思ってしまうんですね。
斗南まで出るようですが尚之助が藩金を持ち逃げされる事件で敵役にしないで頂きたいです。

今週も恐いお顔ばかり。この作で優しい表情はまず無理・・

O39a  O42a

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