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八重の桜 八重と捨松など

八重の桜も明治編へ。あ、違いました、京都編でしたね。

会津藩消滅から再起をかけた斗南藩も廃藩置県で消滅、藩士達は各地に離散大変な苦労の人生を歩みます。
そんな中会津に関係なく京都で教育に専念する八重兄妹に共感出来ずドラマへの興味も薄れがちです。
八重は京都で兄と再婚した夫の手助けをして教育に関わり、夫の死後は日赤の社員、篤志看護婦として活躍します。
これって大山捨松と思いっきり重なるんですね。
捨松が中心になって集めた義捐金を元に日本初の看護学校が設立され、自らもアメリカで取得した看護婦の資格を生かして活動しています。
又華族女学校の設立にも関わり、津田梅子の英学塾の設立にも全面的な援助をしています。

教育と言うなら東大総長になった健次郎は言うまでも無く浩も軍人でありながら東京高等師範、東京女子師範の校長を兼務、姉二葉も女子師範の舎監など教育一家です。

復興がテーマなら京都守護職始末を刊行して会津の汚名を雪いだ山川兄妹の方がこの大河の主人公に相応しかったと思うしそういうご意見もかなりあります。
どうせなら神保修理をもっと書き込んで弟で七年史を出版、これも会津の潔白を訴えた北原雅長も出せば完璧でしたね。

今更言っても仕方の無い事ですが折角会津から見た戊辰戦争を取り上げたのですからもっと面白く造れたのにと残念です。

愚痴を言う積もりは無かったんでした。
先日由良弥生著「新島八重と幕末」サブタイトル「会津に咲いた八重の桜」を読みました。
2012年3月30日初版です。

扉のコピーは「武士の誠を尽くし幕府と朝廷の間で翻弄された会津藩。
動乱のさなか、佐久間象山、勝海舟に師事した兄覚馬より薫陶を受けながら砲を学び、篭城戦では断髪・男装。
スペンサー銃を手に敢然と戊辰戦争を戦い抜いた会津のジャンヌダルク新島八重の壮絶な生涯!」
その通りでした。
表紙の装丁が八重の写真で本文の書き方から最初はノンフィクションだと思って読んでいたのですが途中から色々気になる事が。

恋話では無いのですが大蔵が八重と関わる話が幾つか。
大蔵と八重の関わりは他では全く見られないのでこれは「幕末銃姫伝」を参考にしたのではないかと。
幕末銃姫伝からと見られる話は覚馬の妻うらが日新館の女中だった事や八重が覚馬から銃を学ぶいきさつなどもそっくりです。
大河も八重と大蔵の関係を裏返しに使っていますから良いのかなと思うけれど、不思議な本でした。

この著者の方、今年の5月に「黒田官兵衛と乱世の妻達」を出版されています。
官兵衛の生涯は知られている通りで格別目新しい事もなく期待した「妻達」、も官兵衛の妻光姫、ガラシャ夫人、濃姫、お市の方などこれも知られている事ばかり。
この時代は様々な武将が本や映画、TVで取り上げられている事が多いですから期待した方が悪かったかも知れません。

この方の本は一時評判になった「大人もぞっとする初版グリム童話」を読んだ事がありました。ある意味興味深かったですけれど子供には読ませたくない本でした。

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コメント

たいへんお久しぶりです。8月ももうすぐ終わりを迎えますね。
番組も3分の2が終わりましたが「あまちゃん」においしいとこを持っていかれました。
1年前には予想が付きませんでした。
マスコミも春以降八重の桜に関心がないようですね。
ところで番組終盤のキーパーソンの山川捨松は福島県と鹿児島県では、どちらの県の方が地元の人がいい印象を持っているんでしょうか?
取るに足らない事ですが最近このことが少し気になっております。
新島八重さんでさえ数年前まで福島県の人ですら知らない状況でしたね。
振り返ると八重の桜は「灯台元暗し」の部分があるのでは?

えびすこさん こんばんは
お久し振りです。

予想しなかったと言えば失望ばかりのドラマ展開でした。
はっきり言って京都編は全く興味が持てません。

>終盤のキーパーソン捨松
それは、福島ではないでしょうか・・・
しかしこのドラマでそれ程重く扱うとは思えません。
作者は山川家に興味も無く敬意もはらっていないようですから。

玉山さんが出ている間は見るとは思いますが。

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