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八重の桜 第37話 過激な転校生

第37話 過激な転校生

襄の英学校は同志社として開校生徒も増えて順調に出発。
新しい校舎、二人の新居建設の話も進んでいるようです。
二人の生活様式は洋風です。
自分たちの生活を通して西洋文化を回りに紹介したいと。
襄は八重に後ろに従うのではなく常に隣を共に歩いて欲しいと言います。

その頃各地に洋学校が開校していましたが熊本で洋学校の生徒が集団でキリスト教に入信した為騒ぎとなり熊本洋学校は廃校に追い込まれます。
生徒達は同志社に転校して来ますが結束の固さから熊本バンドと呼ばれ、信仰心や学力の高さなどから同志社のやり方に不満が高まり騒ぎに。
襄の熱意、人柄で無事解決するのですが・・・

転校生の中に徳富蘇峰がいます。
最初蘆花と間違えちゃったけれど蘆花の登場はまだ先なんですね。

襄と八重の仲むつまじい生活ぶりなどこれはこれで中々良いのですが、やはり今迄と繋がらない。
八重を主人公にしたから止むを得ないとは思いますが、公共放送であるNHKが一私大に過ぎない同志社をこれだけ取り上げて良いのかなと凄く抵抗があります。
これについてはよくお邪魔する「とろりさんのブログ」の記事が全く同感なので興味がある方はお訪ねになってみて下さい。リンクが貼ってあります。

そして思案橋事件、取り上げるとは思わなかったので意外でした。
でもこの書き方では竹村幸之進は廃刀令をきっかけに立ち上がったように見えないでしょうか。
浩は斗南藩で廃刀令を実行しています。竹村は斗南で浩の許で藩の経営に参加してますから今更これが許で立ち上がるとは・・竹村の紹介も幼馴染でした。間違いでは無いけれど。日新館の同級生であり戊辰戦争時浩の軍で常に行動を共にして来て斗南迄一緒だっただけに最後の別れ方もかなり違和感がありました。

思案橋事件は会津に関係の深かった前原一誠、奥平健輔の萩の乱に呼応して永岡久茂らが起こした事件です。
斗南で浩の片腕として藩の運営に当たっていた永岡久茂は一度も登場せず、奥平、前原の登場をも省いた為何か取ってつけたように感じられました。
奥平、前原は健次郎の恩人とも言える人です。
身寄りの無かった永岡の遺体は浩兄弟が引き取っています。それを思っても竹村との別れもあんなものでは無かったはずです。
あの後の竹村の運命を思うともう少し二人の友情のようなものを感じさせる別れにして欲しかった・・・いつも感じる事ですが人の書き方が薄いのよね。


追い詰められた士族の反乱と言う事で西南戦争へ繋げたかったのでしょうが、それならもう少し書き込んで欲しかったです。いらない場面も沢山あったのだから。

まあほんの少しでも浩さんが見られたから良いか^^

H16a  H18a

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