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玉山景虎再び

この所玉山景虎さんを思い出す事が多くなりました。

散歩の道すがらでも彼岸花の赤い花を良く見かけるこの季節になると毎年思い出します。
その上今年は八重の桜の西南戦争の回で彼岸花が銃弾に砕けるシーンを見てからなおの事、天地人の御館落城の回の景虎さんの最期のシーンを厭でも思い出してしまいました。
八重の桜でも浩さんの残念なシーンは多いのですが、まあ残念と言えばあれに勝るものは無いかと。

NHKストーリーブックでは鮫ケ尾城で炎の中で華姫と共に死ぬ事になっていたのに何故あんなおかしな事にしてしまったのかわからないですね。
何処にでも顔を出す兼続を登場させたければ炎の中で二人の死を見届ける事にすれば良かったのに、又どうしても彼岸花の中を華姫を抱いて去るシーンが欲しければ幻想にすれば良かったのに、と5年経った今でも思い出すと残念で仕方ありません。

兼続が主人公ですから景虎は敵役の役回りになるのは仕方ないですし、玉山さん本人も初めての大河出演で思ったように演じ切れなかったようですが、でもビジュアル絶好調でしたね。本当に美しかった。

有名になった能面を外すシーンもですが私は景勝と戦端を開いた夜、雨模様の空を見上げる場面が一番好きでした。
すぐそこ迄来ている悲劇を思わせる一寸儚げで憂いのある表情、只綺麗なだけの人では無い、と思ったものでした。
もう一度彼の景虎を見たいです。
5年経ってすっかりオトナになってしまった玉山さんですが与七郎があれだけ爽やかに演じられたのですからまだ暫くは大丈夫かと・・

残念と言えばもう一つ、遠山康光の事です。
遠山康光は北條の一門に次ぐ「一族」と言う重臣の出で彼の妻と景虎の生母は姉妹です。
その上彼の娘は景虎の側室で娘を産んでいます。
その縁から家老として越後迄ついて行き最後迄景虎と行動を共にした人です。
あのような事をするわけは無いではありませんか。
ああ言った人物を出したければ創作すれば良かったのに。
康光さんも浮かばれないわね。

私の住んでいる所は昔後北條氏の支配下にあった土地なので近くに北條氏ゆかりの史跡がかなりあります。
王禅寺と言うお寺があって土地の名前にもなっていますが孝謙天皇の時代に建てられ由緒あるお寺です。
お江が秀忠に輿入れする際化粧料として持参した土地だそうで、賽銭箱には葵の定紋が打ってあります。
何故此処でこの話題かと言うとお寺の一角に石碑があって「小机領」の文字が刻まれています。
小机は景虎が養子となった大叔父北條幻庵の領地です。
すぐに上杉に行く事になりましたがたとえ数ヶ月でも領主となった所です。
もしかしたら新婚の妻を伴って参詣したかも知れない、と空想は広がります。
以前書きましたがブラザービートで達也が結婚式を挙げた神鳥前川神社に景虎ゆかりの文書が残っていたり小机城祉も比較的近くて景虎さんを偲ぶ種は結構あります。

王禅寺は隣が市政記念公園だったりで時々家族でウオーキングに出かけますがまさか玉山さんの事を考えているとは思って無いでしょう。ナイショの話です^^

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