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八重の桜 第43話 鹿鳴館の華

第43話 鹿鳴館の華

1882年(明治15年)。
伊藤博文と対立して政府を追われた大隈重信は、後の早稲田大学、東京専門学校を開校しました。
新島襄も大学設立に向け準備を始めていた。

捨松は一緒に帰国した津田梅子と共に働く場を求めて政府に掛け合うが相手にされない。
女の働き口など無い時代の上、国費留学生は逆賊しか応募者が無かったのだと言われ、逆賊、女が付きまとう捨松はアメリカでの10年の苦労は何だったのか、と嘆きます。

大阪に赴任していた浩が京都の山本家を訪ねます。
会津藩消滅以来始めて顔を合わせる覚馬は「ご家老として会津藩の苦労を最後迄背負われた大蔵様のご苦労は察するに・・・」と頭を下げます。戦に敗れ申し訳ないと言う浩。
覚馬が大蔵に敬語を使うの初めて聞きました。身分が違うのにずっと上から目線だったのに。
それと大蔵さんが嫌いらしい作者も流石に敗戦後の彼の苦労に触れない訳には行かなかったようですね。

八重と久しぶりに話し合う浩。
時の経つのは早い、自分は時の過ぎるのが怖い、人の記憶は薄まって行くが自分だけは忘れてはならない。
この言葉は重いですね。彼の背負った重荷を表わしているようで。
ここへ来てやっと浩の立場を書いてくれたような・・・
会津の者は政府では何処までも日陰者だ、しかし健次郎や姉上、八重さんのように教育こそが腕をふるえる道かも知れまない。人を育てるのは国を育てる事だから。
この浩の言葉は東京高等師範の校長になり自分も教育者になる事を匂わせているのかな。

浩は襄に捨松を同志社女学校の教師として働かせて下さいと頼み襄も快諾します。

浩は人事局長に栄転して東京に戻って来ます。何故栄転なのか不審な思いの浩の所に大山巌が捨松を後妻に欲しいと訪ねて来ます。
妹の結婚と引き換えの栄転など要らないときっぱり断る浩ですが諦めない大山は何度も訪ねて来ます。
こんな話は本当は無いのにね。

外国要人との接待に外国暮らしが身に付いた捨松を妻に欲しかった大山ですがそれ以上に美しい捨松に恋してしまったようですが。
しかし会津の人間として薩摩との縁談を受け入れる事の出来ない山川家です。

余計な事だけれど健次郎は少し出すぎてますね。山川家の家長は浩でしょう、それにこの頃健次郎は結婚して別の家に住んでいたはずです。

そんな時襄と八重が山川家を訪れなんと八重と大山が腕相撲をして大山が勝ったら縁談を受ける事になり・・・
もう書いていて馬鹿馬鹿しくなって来ました。

何故事実どおりに書かないのでしょうか。
会津は逆賊だから薩摩と縁組は出来ないと断る浩に大山は従兄弟で西郷隆盛の弟従道を立てて自分の家も逆賊だと言う話など事実の方がよほど面白いのに。
最後は捨松は会って見てから決めたいと言い浩も彼女の決断に任せますがその方がずっとすっきりするのに。

大体山川家に対して失礼とは思わないのかしらね。
節度の無い書き方で凄く不満です。

一般の わたくし以外の 視聴者の方にとってはこんなコントのような展開の方が受けるのでしょうか。
*一般のと言う表現が他の方を蔑んでいるとのコメントがあり、私は文句を言っているだけでそんなに傲慢では無いのでとりあえず訂正します。
このコメントへのお返事は時間のある時にさせて頂きます。

架空の会津戦記を堂々と出して来て浩さんを泣かせるし。
このドラマあと数回を残すだけになりましたがもう駄目です。ついて行かれない。

と言いながら結局玉山さんが気になって見てしまいそうな・・・

 Hi4a  Hi6a

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八重の桜」カテゴリの記事

コメント

はじめまして。いままでのブログをすべて拝見しました。
わたくしも各文献を読みあさり、史実あるいは
史実とされている部分をひと通り把握した上で、毎週番組を見ています。
しかし、史実とされている部分と違う描写があっても、
充分に受け止めて観ることができています。

なぜならば、「八重の桜」は「テレビ番組」であり「ドラマ」であるからです。
それが理解できない方だと、この「ドラマ」はかなり厳しいでしょう。

わたくしは、史実と違う描写がそこにあってもいいと思います。
日曜夜8時です。多くの人の目に会津の汚名を晴らす絶好の機会です。
これまで、これほど会津側の目線から丁寧に描かれたドラマはなかったと思います。
それだけで、この「ドラマ」は出色だと思いますが、いかがでしょうか。

主様は、主様のおっしゃるところの「一般の視聴者」を、
「歴史的な知識のない人々」とさげすんでおられるような気がしてなりません。

はじめままして。
いつもこちらの八重さんの桜感想楽しく読んでいます。

会津にも鶴ヶ城にも観光に行きました。
夏休みの生もありますが、あまりに観光客の多さに視聴率が悪くても
東北復興には成功なのかなと思いはしました
さすが、大河ドラマと

ですが佐賀の谷さんに救われるまで長屋での山川家の貧困生活や
他の会津の方々の貧乏な暮らしや苦労がもう少しあってもよかったかなと
八重さんの桜だからしょうがないけど、敗戦からの復活は東北復興にも通じるし
いきなりそこそこの生活をしている描写がなんだかな~
庄さんはかわいそうだけど、落ちぶれた会津の方々のほとんどはあんな貧困の中で
生活してたのではないのかと、それこそ医者にも行かれず
そこを抜かすとただ会津は冷たいと思われるんじゃないかな・・・
八重の邪魔にならないていどでもいいから入れてほしかったなと

玉鉄さん良い役者さんせすねハゲタカではただカッコいい兄ちゃんでしたが
山川さん役でファンになりました。
若浩からの歳をとっていく変化が見ごたえありで若浩さんを見返していいます。

すずさとさん こんばんは
コメントを投稿されてから一度もいらっしゃっていないのでお返事するかどうか迷いましたが又お出でになるかもしれませんのでお返事させていただきます。

ドラマである以上史実通りに書く必要の無い事は当たり前の事です。

>いままでのブログをすべて拝見しました
こう仰ってますが事実ではありませんね。
「川崎しょうのすけママ」の検索で「35話」に来られて
「米買い付け詐欺」までは確かにご覧になっていますがそれ以前の閲覧記録はありません。
最初からご覧になっていればこのようなコメントはなさらなかったのでは無いかと思います。
ドラマだから創作は良いがあまりな逸脱は如何なものかとは繰りかえし言っている事です。
特に川崎尚之助作の「会津戦記」は創作ですとNHKもはっきり認めています。
山川兄弟の手になる「京都守護職始末」と「会津戊辰戦史」が無ければそれも許容範囲でしょうが一寸行き過ぎではないでしょうか。

戊辰戦争を会津の側から取り上げた事は良かったとも何度も言っています。

色々な見方があるのは当然な事と思います。
こういうコメントをお寄せになるのでしたら一部分だけ取り上げずに全部目を通してから仰っていただきたかったですね。

なお蔑むと言う強烈な言葉を使われましたがそのような意図は全く無いので訂正してあります。

アキさん
こんばんは
ご覧頂き有難うございます。

私も会津に行きましたが3年前行った時には考えられなかった位多くの観光客で溢れていました。
復興大河のお役目は果たしたようで本当に良かったと思いました。

明治に入ってからは京都に舞台が移って会津の人達の苦労が余り書かれていないのが物足りないですが主役が八重なので仕方ないのかも知れませんね。
本当は谷干城も出して欲しかったし柴五郎が貧乏どん底の山川家に居候するエピなども見たかったと思います。

玉山さんのファンになって下さって嬉しいです。
10代から演じてかなり良く成長ぶりを見せてくれていると思います。
斗南以降浩に彼の年齢が追いついて来てからは特に良いかと・・・
すみません、手放しで(笑)

又遊びにいらして下さいませ。

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