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2013年11月

ルパン三世実写版

ルパン三世実写版、発表されましたね。

玉山さん、以前から噂されていた次元大介でした・・・
「陽だまりの彼女」の舞台挨拶の時の凄いお髭はやはりこの役の為だったんですね。

かなり前からタイで撮影中と言われていましたが、小栗旬のルパンを始め綾野剛、黒木メイサと八重の桜の出演者ばかりなので実は噂にすぎないのでは、と思わないでもなかったです。
それが本当だったので一寸吃驚。「噂」ではなく「情報」だったんですね^^

原作の漫画は勿論ですがTV、更に劇場版としてアニメ化され人気が高いだけに反響もかなり大きいようです。
人気があるだけに作品にもcharacterにもファンそれぞれの思い入れがあるから実写には反対意見も多いですね。

でも玉山さんの次元はかなりイメージに合っていると思うので何とか頑張って頂きたいわ。
銃は・・・フリージアで経験してるから大丈夫かしら。
痩せるのも頑張ってね・・・今頃言ってももう遅い^^

そうそう銭形は浅野忠信さんですね。
私浅野さん大好きなんです。友人からはストライクゾーンからかなり遠いんじゃないと言われるのですが何故かずっとファンです。
年令さえ合えば五右衛門は浅野さんで見たかったです。合ってると思うし。

撮影にはタイの軍隊の協力もあるとか、かなりの大作のようです。
良い作品になりますように!

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八重の桜 第47話 残された時間

第47話 残された時間

タイトルからしていよいよ大詰ですね。
政府では、憲法制定の準備が進み、総理の伊藤博文は平等条約改正の為主義の異なる大隈重信を外務大臣に任命します。

山本家ではみねの遺児平馬を養子に迎え久栄は神戸の英和女学校に進学するらしい・・・一方襄は心臓発作で倒れます。

しかし襄は憲法発布前に優秀な人材を養成しなければと持病を抱えながら大学設立の準備に奔走します。

大学設立には資金が要る、そのような時、徳富蘆花蘇峰が自らが発行した「国民之友」に教育に関して慶應義塾を立ち上げた福沢諭吉と並べて襄の事を紹介した記事を載せます。

この記事を読んだ大隈重信の協力で東京の大隈邸で募金会が開かれ襄と八重は上京。
募金会へ出席した襄のスピーチに賛同した出席者たちから寄付金が順調に集まります。

帰途、訪ねた勝海舟は個人に頼るのでなく全国から寄付を集めるよう助言、蘆花の「国民之友」に同志社設立の意義を訴える記事を載せて貰うように計らってくれます。

これから、と言う時に襄の病状は更に悪化、

あともう少しなのに・・・
間に合わないのか・・・
何故主はもう少し時を与えて下さらないのか・・・
襄の叫びは悲痛です。

玉山さんが出ない為、何の期待も無くただ何となく見ていた私ですがここは一寸感動しました。
なんと言っても玉山さんの前に好きだった人ですからね^^
でも此処だけね、あとは全然面白くなかったです・・・・

病気を押して襄は再び寄付を集めに関東へ、同行を願う八重ですが襄の母が倒れて看病の為に残る事になります。

次回のタイトルは有名な「グッバイ、又会わん」
本当に大詰ですね。

そうそう健次郎(山川さんの方)と槇村が一寸出てましたっけ。

お粗末なあらすじだけの感想で失礼しました。

紙碑・東京の中の会津~2 & 次のお仕事は?

前回山川家ゆかりの観蔵院から入ってしまいましたが、この書の順序は会津藩邸の案内から始まっています。当然ですよね。

しかし幕府の中枢にいた会津藩ですから当然江戸城のすぐ傍に藩邸があり今は影もありません。

上屋敷
江戸時代、和田倉門内の江戸城西の丸下の一万坪近い広大な敷地内にありました。
和田倉門は桜田門、馬場先門とともに老中・若年寄りなどの幕府閣僚の官邸街とも言うべき西丸下の要路部であり会津藩士が番士として武器を備えて詰めていたと解説されています。
又辰ノ口方面への要路であり辰ノ口には評定所、勅使の迎賓館に当たる伝奏屋敷があり「辰ノ口」と言えば評定所の代名詞であったとも。
「辰ノ口」と言う言葉、時代劇に良く出て来ますね。

幕府崩壊後は新政府によって没収され様々に姿を変え、会津藩邸は軍務官、御用邸などに変わりましたが明治二十二年西丸下一帯を広場とし現在の皇居前広場となった、と書かれています。

現在残っているのは復元された和田倉橋と和田倉門跡に残る石垣だけで当時の建物を偲ぶよしもありません。

中屋敷
藩政の場だった上屋敷に対して中屋敷は江戸詰藩士とその子弟の教育の場だったとかで日新館の分校のような学問所が置かれていたそうです。
現在は広大な汐留貨物駅になっています。
偲ぼうにも汐留駅では風情も何もありませんね。

下屋敷
藩主や家族、家臣達の私生活の場であった下屋敷は三田にありました。
現在は慶應女子高校と中等部の校舎と校庭になっているそうです。
当時の面影はなくても皇居前広場や貨物駅よりましなような気がします。
この書にも一番当時の屋敷町の面影が残っていると書かれています。

麻生三ノ橋
会津藩松平肥後守の下屋敷が近くにあった為明治まで肥後殿橋と呼ばれていたそうです。

斗南藩邸跡地
斗南藩庁の置かれた場所はなんと日比谷公園内でした。
現在の大音楽堂のあたり、池のある少し南のところと言われています。
何度と無く通った場所です。
今は何も残っていなくてもその当時大蔵さん達が藩運営などに苦闘した場所を偲んで近いうちに寄ってみようと思っています。

思案橋事件跡
永岡久茂や竹村俊秀らが長州の前原一誠に呼応して決起、千葉県庁や佐倉鎮台を襲い会津に立てこもる計画で東堀留川にかかっていた思案橋から舟に乗る所を密告する者があって捕らえられた所です。
今は川そのものが埋め立てられて面影は全くありません。
現在の日清製粉ビルのあたりだそうです。

此処に紹介したのはドラマに登場したほんの一部だけです。
藩祖保科正之関係など幕末だけでなく会津藩ゆかりの場所が詳しく紹介されています。
会津藩に興味のお有りの方には発行年は古いですがお勧めしたい本と思います。

ドラマ八重の桜もあと数回で終わってしまいます。
期待した分失望も大きく文句が多かったですが私にとって不本意な書かれ方でも、少しの出番でも玉山さんにしょっちゅう会えていただけに終わってしまうのは本当に淋しいです。

そこで気になるのが次のお仕事です。
ずーっと噂されている例の映画ですがどうなんでしょう。
タイで撮影しているとか・・・
タイで撮られた玉山さんの写真が出て来たり、陽だまりの彼女の舞台挨拶の時の顎のお髭など見ると本当かなとも思いますが。
だってこのお髭普通じゃないわ・・・趣味でと言われるとそれまでだけれど。
しかしアニメの実写版て見る人沢山いるのかしら・・・私は見ますけれどね、何回でも(笑)
本当かどうかも判らないのに心配しても始まりませんね^^

何でも良いからお仕事の情報欲しいです。

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八重の桜 第46話 駆け落ち & 会津将軍山川浩

第46話 駆け落ち

この回の感想・・・どう書いたらよいかしらね・・・
先週に続いて山本家のお話です。
八重も襄も話の筋に絡まないほんの申し訳程度の登場で(出番の多少ではなく)

みねは長男平馬を出産しますが直後容態が変わり息を引き取ります。
山本家の跡は久栄に良い婿をとって継がせると覚馬は言いますが。
時栄が出て行ってからふさぎがちの久栄は蘇峰の弟健次郎後の蘆花と心を通わせ会うようになります。

東京へ出て作家になると言う健次郎と駆け落ちをして一緒に行こうとする久栄ですが、八重の説得?で思いとどまり、健次郎は一人で上京し小説家の道を歩み出します。

先週の時栄の話と言い今回と言い誰も傷つかないように綺麗に終わらせています。
きれいごとにすぎて私には感動も無かったですね。

八重と襄は北海道を訪れ札幌にいるユキと20年振りに再会、ユキは旧薩摩藩士と結婚15才の息子の母となっていました。

以前も書きましたが城が落ちたあと、家族の遺体を必死で探し一人で葬った話は全く触れられていません。薩摩藩士と結婚するまでの話も。
このドラマは私にとってはですが、要らない話が多く、取り上げて欲しい話は全く書かれず残念な結果となってしまいました。

そういえばもう一人の健次郎さん、山川健次郎がほんの一寸出ましたが何の為でしょう・・・
蘆花の小説不如帰で妹捨松が傷ついた事を言いたい?それならストレートに書けば良いのに。

ストレス発散の為浩さん主役のお話を一寸。

会津将軍山川浩 
「会津藩 斗南へ-誇り高き魂の軌跡」
「会津流罪 故郷を追われた難民からの再出発」
「偽りの明治維新-会津戊辰戦争の真実」
などなど多くの戊辰戦争と会津の話を書かれている星亮一氏の作です。

西軍の攻撃を防ぐ為日光口を守る所から始まって明治31年京都守護守護職始末の編纂半ばに亡くなるまでの半生を追っています。
小説なのかドキュメンタリーなのかはじめは一寸戸惑いながら読みましたが事実に少々味付けした小説なんでしょうね。

失礼とは思いますが星氏はドキュメンタリーの方が読みやすくて小説仕立てはあまりお得意では無いように思いました。
でも浩の半生を克明に追って書かれているので読み応えはありました。

一番興味を引かれたのはこの本の表紙でした(ごめんなさい)
浩さんの写真を真ん中に上部に山川家の写真を載せた装丁になっています。
浩、健次郎の兄弟を中心にした二人の夫人と浩の長男洸、姉二葉、妹操、常盤、捨松など一族の写真で明治26年頃の撮影と注釈があるそうです。
操さんの写真にかぶって題字が書かれているのが少し残念ですが、山川家は美男美女揃いですね。

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紙碑・東京の中の会津~1

ドラマ八重の桜もあと数回を残すだけになりました。
玉山さんの出演、そしてキャスティングされた山川浩と言う素晴らしい人に期待するあまり不満ばかり言って来ました。
だって山川浩に関しては実際の方がずっと魅力的で素敵だしその半生もとてもドラマティックなんですもの。
山川浩と言う人が大河に登場する事はもう無いでしょうから本当に残念です。

只、戊辰戦争を会津の側から書いた事から会津藩に興味を持ち沢山の資料や小説を読みました。このドラマを見なければ知らなかった事もいっぱいありその点ではこのドラマに感謝です。

その沢山読んだ本の中の一冊がこの紙碑・東京の中の会津です。
牧野登著1980年 歴史調査研究所発行
会津藩と主に戊辰戦争に関わった会津人の東京での足跡を筆者が全部実際に確かめて紹介されている丁寧な案内書です。

ドラマを離れて会津藩に興味を持たれた方はお付き合い下さいませ。

3部構成になっていて第一部は都心編・・・会津藩の上屋敷など藩邸の跡地や青山墓地や神保修理や萱野権兵衛のお墓のある興禅寺など・・・
第二部は下町編・・・ここには山川浩が上京最初に仮住まいをした元浅草の観蔵院などが紹介されています。
第三部は山手編・・・広沢安任が亡くなった角筈や思案橋事件で処刑された竹村俊秀達のお墓のある源慶寺など・・・

今日はドラマの登場人物の関係した場所をいくつか取り上げて見ました。

まずは山川家の東京での最初の住まい観蔵院
当時の地番は浅草永住町十一番地、現在の台東区電報局の近くだそうです。
柴五郎が居候した家ですね。
このあと山川家は根岸に移転して長くは住まなかったようです。

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次は青山霊園です。
青山墓地には山川家のお墓だけでなく会津藩出身者のお墓が数多くあります。
秋月悌次郎や健次郎と一緒に長州の奥平健輔を頼って会津を脱出した小川亮のお墓もあります。
山川家のお墓にはお参りして来ましたが又他の方々のお墓参りもしたいと思っています。

もしいらっしゃりたい方がありましたら 青山霊園はとても広く探すのが大変なので事前に位置番号を調べ管理事務所で略図を貰って行かれるのが良いとこの本にも書いてあります。

谷中霊園
浩の妹操の夫で佐賀の乱で戦死した小出光照のお墓は谷中霊園にあります。
ドラマでもそうでしたが子供の時から戊辰戦争、斗南へとずっと一緒で斗南藩消滅後青森県に勤め佐賀へ移動して難に会いました。
亡くなった時浩の詠んだ歌です。
「後れつる身こそつらけれ死出の山越は共にと思いしものを」

市谷富久町源慶寺
小出光照のお墓が出ましたので幼い時から3人一緒にいた竹村俊秀の葬られているお寺の案内です。
思案橋事件で捕らえられ刑死した竹村俊秀、井口慎次郎、中原成業の3人のお墓があります。

今戸の称福寺
思案橋事件の首謀者永岡久茂が葬られています。
ドラマには登場しませんでしたが広沢安任と共に斗南では小参事として浩を助けて働いた人です。
それと思いがけない事にこのお寺に川崎尚之助が久茂より一年前に葬られていたそうです。
この本が発行された時点では久茂と尚之助の間に関係は認められず単なる偶然かと書かれていますがこのドラマによって尚之助の事がかなり判ってきたようなので現在は何か新しい情報があるかもしれませんね。

白金の興禅寺
神保修理、萱野権兵衛のお墓があります。

西新宿
お墓ではなく広沢安任終焉の地と紹介されています。
淀橋角筈の牧場出張所で没したと記されているそうです。
今は角筈の地名はなくJR新宿駅周辺としかわかりません。
この頃浩の家はは牛込だったそうですから割りと近かったんですね。

浩にとっては一緒に苦労した仲間や友人が次々に亡くなって行く・・・そんな思いが先日も取り上げましたがこの歌になったんですねえ。
君も又すててお行きか今はよにかぞへんほども友はなき身を

何だかお墓の案内になってしまいました・・・

八重の桜 第45話 不義の噂

第45話 不義の噂

襄の留守に女学校では宣教師達が引き上げミッションが女学校を廃校にすると言う話が持ち上がっています。
動揺する金森と市原に八重はミッションに頼っていた経営方法が間違っていた、この機会に
自分達だけで学校を運営する事を考えようと言います。
しかし学校を運営するには資金と人が必要、八重は資金集めの為覚馬の協力を得て商工会議所の名簿を貰い寄付を頼んで回ります。
いつの間にか覚馬は会頭になっていたんですねえ。
出資に応じる人が出ない中八重は学校に招いて授業を見て貰う事を思いつき、賛同する人達も出て来ます。
又大垣屋も女学校経営に手助けをしてくれる事に。

一方山本家では時栄に憧れる書生の青木に久栄は敏感に何かを感じ取ったようであの人嫌いと八重に言うのですが。

そんな時、久栄は二人が手を握っていたのを見たと叫んで大ごとになって行きます。
青木は覚馬に時栄さんは妻と言っても女中のような暮らしではないか、先生の手足ではない、解放して上げなさい、と言います。

覚馬は時栄を問いただしますが、時栄は間違いは犯していない、一人で淋しいだろうと世話をしたのを勘違いしただけと否定します。
八重は覚馬に時栄をどうするのか訊ねますが、覚馬は口を出すな、と言います。

大垣屋も八重に今迄時栄が覚馬の為に尽くして来た事を言い一度だけ大目に見てやってくれと口添えします。

時栄は八重にずっと思っていた事を打ち明けます。覚馬の胸の中にはずっとうらがいた、私はうらさんに嫉妬していた、と。時栄の女としての思いが始めて見せられてシーンでした。

青木を家から出し時栄に一緒に洗礼を受けようと言う覚馬、時栄は覚馬と共に洗礼を受けすべては水に流されたはずでしたが。

襄がアメリカンボードから5万ドルの寄付金を貰って帰国し、学校運営も上手く行きかけた時、青木が訪ねて来て時栄を抱きしめてしまいそれを出入りの本屋に見られてしまいます。

噂は瞬く間に広がり覚馬の名に傷が付くだけでなく学校経営にまで影響して来ます。

信じていると言う八重に時栄は言います。
旦那さまの胸にいるうらさんとは違う、生身の女、言い寄られて抱きすくめられたら・・・
八重の出て行ってくれと言う言葉を受け入れようとします。

覚馬は商工会議所を辞任、二人の問題だから口出しするな、と言うのですが
自分の心の罪を自覚した時栄は自分から離縁を申し出ます。

覚馬は時栄の言葉を受け入れ、雪の降る日時栄は久栄をよろしくと挨拶して山本家を去ります。山本覚馬の妻である事が誇りでした、と言い残して。

綺麗にまとめましたね。誰も傷つかないように。
こういう話はさすがに上手だな、と思いました。
そして谷村美月さん、良かったですね。今迄関心の無かった女優さんでしたが多くの作品に起用されているだけの事はあると実感しました。

元々この書生と時栄の不義の話は徳富蘆花の小説「黒い目と茶色の目」に載っている事で実際はどうだったのか、離婚しているのですから何らかの不祥事はあったようですが事実はわからないようです。
この蘆花は次回で出て来るようですが久栄との恋を受け入れられなかった事を恨んで会津まで憎んだ人です。
大山家へ嫁いだ捨松を継子いじめをする意地の悪い継母に仕立てた小説「不如帰」を書いたくらいですからこのお話も何処まで信じて良いかわからないですね。
余談ですが「不如帰」がベストセラーになってしまった為捨松は一生苦しんだと言います。

そうでした。青木が広沢安任の縁者と言うのは何処から思いついたのでしょう。広沢安任のその後を書くために此処で出したのでしょうか。
山本家の揉め事の種を持ち込んだ事になって広沢さんに悪いと思わないのかしら。

今回は玉山さんの出番はなしでした。
尚之助の架空の会津戦記を元に「京都守護職始末」を書く事になる展開なら見たくないけれど・・・
複雑です。

ドラマW LINK最終回

最終回

再放送を見ながら感想を書いています。
このドラマ私としては余り気が乗らないまま最終回迄来てしまって、まだ整理出来かねているような所があって・・・
とりあえず順を追って簡単に整理して見ようと思います
正太郎は実母の許に行き一緒に暮らす道を選びます。此処でショーンが正太郎でありこの話は11年前の出来事だった事、又寺原が正太郎の面倒を見ていたがわかります。

共犯者の朋也を殺せなかった理恵は犯人グループのリーダーに刺されて重傷を負いそのまま息を引き取ります。
同じく刺された元哉は命を取り留めるのに・・・死なせる必要はあったのか・・・後味が悪いです。

松岡は総裁戦に勝ち次期総理になる事が確定的に。
内部告発までして隠蔽されてしまった亜紀は検察に協力、情報を週刊誌にリーク。
更に寺原と亜紀は松岡の秘書を尾行、現金の受け渡しの現場の撮影に成功、秘書の部屋に現金や裏帳簿が保管されているのでは、と疑います。

この情報で聡子は松岡に会って問い詰めます。平然とする松岡ですが、寺原が実際の隠し場所が正太郎の母である前妻の所である事を突き止めます。
実は松岡とはずっと交流があったのですね。

不正融資で検察に出頭する前に最後の遊説をさせて欲しいと頼みます。
権力は金で買える、政治を変える為には権力を持たねばならず、その為に金が欲しかった。しかし権力を握った政治家に任せるのではなく国民が皆の判断で国を救って欲しい、とまあこんな趣旨だったでしょうか。中々の熱演でした。
そのさなか暴漢が松岡を拳銃で狙いますがそれた弾丸は正太郎に当たりそれで半身不随になってしまいます。
母の言葉から父が熱意に燃えた政治家であった事を聞かされた正太郎は演説を聞きに来ていたのです。

登場人物が多くて話が広がった割にはストーリーに絡む必要の無い役があったんじゃないでしょうか。
大阪の沢田、彼は全く絡んでいないし。
このような結末なら朋也の自白は必要ないですしね。
両方とも特に昭一は危険な生体肺移植までしたのに事件の解決に役立っていないのが何とも空しい。
まあ事件に関わった為それ以後の人生が狂った・・だからLINKと言いたいでしょうがなんだかぴんと来ないのは私だけかな。

正太郎は「LINK」を立ち上げるきっかけになった過去・・・人との繋がりが僕を救ったと言っていますがLINKと言うにはかなり説明不足ですね。

最後は寺原一人の活躍で万事解決、寺原と亜紀の恋のお話で終わり・・・
最終回は大森さん一人の見せ場だったような。

多彩なキャストを揃えた割には余り良い出来栄えでは無かったと思います。
何より人物描写が浅い・・・ドラマWとしてはかなり出来は悪いのでは。
オリジナル脚本は・・・特に女性脚本家の作品は当たりはずれが大きいですね。

玉山さんもドラマに深く関わる役所ではなく物足りなかったし。
何より髭が教師役には合ってなかったですね。
浩さんとの掛け持ちだから仕方がない事は判っていますがやはり残念。

ドラマの出来は期待はずれではあったけれど毎週会える楽しみもあったので終わってしまって一寸淋しいです・・凄く勝手な言い分ですが^^
只、八重の桜と週2本のドラマの感想を書くのはかなりきつかったのでその点では終わって
少しほっとしています。頼まれてもいないのに感想を書いてこれも勝手な言い草ですね^^

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八重の桜 第44話 襄の遺言

第44話 襄の遺言

1883年明治16年12月。
明治政府は徴兵制度を改革し、私立学校は徴兵免除の特典から除外される事となります。
襄は同志社の学生を免除の対象にするよう津田梅子の仲介で伊藤博文に陳情しますが聞いて貰えません。
その際梅子は自分も女学校を作りたいと襄に話します。
一応津田塾立ち上げのお話をカバーしてるのね。

同志社を大学にしようと資金集めに奔走する襄は八重に留守を頼んでヨーロッパからアメリカに渡ります。
体調を崩しスイスで倒れた襄は死を覚悟して八重に遺書を書きます。
それが発送されてしまい、回復した襄は翌日取り消しの手紙を送りますがそれが先に着いて一寸した混乱が。

東京では照姫が病の床に付き容保が見舞いに訪れます。
容保は照姫を抱いて「残された時をともに過ごしたい」と言うのですが。
この展開はどうなんでしょう。私は見つめあうくらいが好きですが・・・
程なく照姫は1884年世を去ります。

襄の留守に女学校では米国人宣教師八重と学校経営の方針が対立、事を収める為佐久が舎監を辞めます。
しかしこの時代の学生って皆あんなに生意気だったのでしょうか。時代に先駆けて学ぼうとする子達だから当然なのかな?

その頃広沢安任が覚馬を訪ねて来ます。
斗南に残って牧場を経営に努力した広沢は苦難の末成功していました。
彼は会津から遠縁の若者青木を連れて来て牧場の跡継ぎにしたいので覚馬の許で学ばせてやって欲しいと頼みます。
八重の提案で青木は同志社で学ぶ事に・・・
時栄との不義の話の始まりですね。

この問題の青年は本当に広沢安任の遠縁なのでしょうか。
調べる暇がなくて確認は取れていませんが違ったような気がします。
何故安任の縁者にしたのか、違っていたら安任に申し訳なくないかしら。

以前このドラマの八重さんは優しいからどうするのでしょうと書いた事がありますが、予告を見ると言われているように八重が追い出すみたいですね。
この回の八重さんは強いから不自然では無いか・・・襄の為なら世界中が敵でも一緒に戦う、とか宣教師相手に一歩も引かなかったり・・・

余談ですが広沢安任は斗南では浩の片腕として藩の経営に当たった人です。
彼が亡くなった時浩の詠んだ歌は一寸胸を打たれます。
「君もまた すててお行きか 今は世に かぞへんほども 友はなき身を」

山川浩と言う方は軍人であり、教育者であり、政治家でもあった上に歌人でもあったんですね。桜山集と言う歌集を残されています。
ほんの一部分覗いただけですが繊細で綺麗な歌を詠まれています。
あんな豪快な方なのに。

その浩さん、この回ほんの数秒の登場でした。
容保の供で照姫を訪れるシーンと照姫が亡くなった時。
しかも後の方は目を閉じてる・・・・あんまりだわ。
まあ出ないよりましだと思いましょう。
浩さんはこの頃は勿論藩消滅後ずーっと松平家の家政を見て来たのですね。
浩さんの死後は健次郎が引きついだそうですからお供に兄弟を出したのでしょうか。

Hi9a   Hi10b

ドラマW LINK第4話

第4話

感想又周回遅れになりかけて慌てています。
私には余り面白く思えないので中々感想を書く気になれなくて・・・
このドラマをお気に召していらっしゃる方はどうぞこのままお帰り下さいますようお願い致します。

登場人物が多すぎて的が絞られていないので見ていて事件の進行がとてもわかりにくいです。
今回起こった事は簡単に言ってしまうと、松岡は総裁戦に勝って次期総理が決まったような事になります。
正太郎は松岡の後妻から告げられて母に会いに行きます。

亜紀は聡子に内部告発に踏み切るように説得され、その結果あおば信金に検察の査察が入ります。
しかし亜紀の後輩が支店長に告げてしまった為証拠は隠され何も出ません。

昭一からの肺移植は成功したようで朋也はどうやら回復に向かいそうです。
自分だけ裕福な家に引き取られた事で幼い弟を見捨てた、と罪悪感を持っている昭一は今度こそ家族になろう、やり直そうと言うのですが。

理恵は松岡の裏金を狙った犯人達の一人である恋人の元哉に頼まれ朋也を殺そうとするが果たせずリーダーに刺されてしまいます。

沢田は見聞きした事を当局に話そうと決心、上京するのですが中々行動出来ないでいます。
その沢田にシャツからたどり着いた寺原ですが。

主役の寺原に掛ける比重が少なすぎて全貌が掴みにくくなっているのでは無いかな、と思うのですが、私の頭が悪いだけかも知れませんね。

ショーンの正体も判って来ました。
しかし第1話から判っていた人は凄いですね。そのくらい直観力があればもっと面白く見られたのかも知れないですが。

とうとう次回は最終回、最後は面白いかしら。

玉山さんは・・・
余りドラマの中心にいるような役ではなくて物足りないし、切ない表情など似合っているからこういう役が来るのかも知れませんがこのような情け無い役はもう良い加減やめて欲しいですね。
脚本、演出は頂けなくても八重の浩さんの方がずっと好きです。

感想も情けない出来になってしまったようです^^

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