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紙碑・東京の中の会津~1

ドラマ八重の桜もあと数回を残すだけになりました。
玉山さんの出演、そしてキャスティングされた山川浩と言う素晴らしい人に期待するあまり不満ばかり言って来ました。
だって山川浩に関しては実際の方がずっと魅力的で素敵だしその半生もとてもドラマティックなんですもの。
山川浩と言う人が大河に登場する事はもう無いでしょうから本当に残念です。

只、戊辰戦争を会津の側から書いた事から会津藩に興味を持ち沢山の資料や小説を読みました。このドラマを見なければ知らなかった事もいっぱいありその点ではこのドラマに感謝です。

その沢山読んだ本の中の一冊がこの紙碑・東京の中の会津です。
牧野登著1980年 歴史調査研究所発行
会津藩と主に戊辰戦争に関わった会津人の東京での足跡を筆者が全部実際に確かめて紹介されている丁寧な案内書です。

ドラマを離れて会津藩に興味を持たれた方はお付き合い下さいませ。

3部構成になっていて第一部は都心編・・・会津藩の上屋敷など藩邸の跡地や青山墓地や神保修理や萱野権兵衛のお墓のある興禅寺など・・・
第二部は下町編・・・ここには山川浩が上京最初に仮住まいをした元浅草の観蔵院などが紹介されています。
第三部は山手編・・・広沢安任が亡くなった角筈や思案橋事件で処刑された竹村俊秀達のお墓のある源慶寺など・・・

今日はドラマの登場人物の関係した場所をいくつか取り上げて見ました。

まずは山川家の東京での最初の住まい観蔵院
当時の地番は浅草永住町十一番地、現在の台東区電報局の近くだそうです。
柴五郎が居候した家ですね。
このあと山川家は根岸に移転して長くは住まなかったようです。

A

次は青山霊園です。
青山墓地には山川家のお墓だけでなく会津藩出身者のお墓が数多くあります。
秋月悌次郎や健次郎と一緒に長州の奥平健輔を頼って会津を脱出した小川亮のお墓もあります。
山川家のお墓にはお参りして来ましたが又他の方々のお墓参りもしたいと思っています。

もしいらっしゃりたい方がありましたら 青山霊園はとても広く探すのが大変なので事前に位置番号を調べ管理事務所で略図を貰って行かれるのが良いとこの本にも書いてあります。

谷中霊園
浩の妹操の夫で佐賀の乱で戦死した小出光照のお墓は谷中霊園にあります。
ドラマでもそうでしたが子供の時から戊辰戦争、斗南へとずっと一緒で斗南藩消滅後青森県に勤め佐賀へ移動して難に会いました。
亡くなった時浩の詠んだ歌です。
「後れつる身こそつらけれ死出の山越は共にと思いしものを」

市谷富久町源慶寺
小出光照のお墓が出ましたので幼い時から3人一緒にいた竹村俊秀の葬られているお寺の案内です。
思案橋事件で捕らえられ刑死した竹村俊秀、井口慎次郎、中原成業の3人のお墓があります。

今戸の称福寺
思案橋事件の首謀者永岡久茂が葬られています。
ドラマには登場しませんでしたが広沢安任と共に斗南では小参事として浩を助けて働いた人です。
それと思いがけない事にこのお寺に川崎尚之助が久茂より一年前に葬られていたそうです。
この本が発行された時点では久茂と尚之助の間に関係は認められず単なる偶然かと書かれていますがこのドラマによって尚之助の事がかなり判ってきたようなので現在は何か新しい情報があるかもしれませんね。

白金の興禅寺
神保修理、萱野権兵衛のお墓があります。

西新宿
お墓ではなく広沢安任終焉の地と紹介されています。
淀橋角筈の牧場出張所で没したと記されているそうです。
今は角筈の地名はなくJR新宿駅周辺としかわかりません。
この頃浩の家はは牛込だったそうですから割りと近かったんですね。

浩にとっては一緒に苦労した仲間や友人が次々に亡くなって行く・・・そんな思いが先日も取り上げましたがこの歌になったんですねえ。
君も又すててお行きか今はよにかぞへんほども友はなき身を

何だかお墓の案内になってしまいました・・・

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