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八重の桜 第48話 グッバイ、また会わん

第48話 グッバイ、また会わん

八重を置いて関東で募金活動をしていた襄は病状が悪化、大磯の旅館で静養しています。
八重には知らせるな、と付き添う小崎と蘆花に口止めする襄ですが覚馬宛てに届いた手紙から様子を察した八重は大磯に駆けつけ・・・襄は八重に看取られて息を引き取ります。

今回のタイトル「グッバイ、また会わん」が襄の最後の言葉と言われています。

自分が亡くなった後の八重を気遣う襄に八重は言います。
私は守られて生きるような女ではない・・・でも今はまだ別れたくない。
この八重の言葉は悲痛です。

襄は47才、一生を戦ってすごした人生だったんですね。
まあそれを言うなら山川兄弟はじめ会津の人々も戦って生きた人達ばかりですが。

襄の死後、日本赤十字社が篤志看護婦会を発足させ東京では捨松が中心になって活動を開始していました。
覚馬は八重に東京に行って赤十字の精神と最新の看護技術を学んで来るように言いますが八重は襄が淋しがるから京を離れたくない、と言います。
覚馬はお前はそんな情けない女だったのか、敵味方の区別無く傷ついた者に手を差し伸べ悲しみ悩む者に寄り添う赤十字の精神こそ襄の作ろうとした世界ではないか、と叱咤します。
覚馬に言われて上京、大山邸で講習を受け篤志看護婦活動を志す八重。
最愛の夫に先立たれ悲しみに浸っている者の描写としては当然なのかも知れませんがこの八重さん像は私には違和感ありすぎでした。

今回は襄の別れの回ですが平行して会津の人のその後も少々語られます。

まず秋月悌次郎
熊本の第五高等学校の教師として赴任する途中京の山本家を訪問します。
教師を受けたのは襄の同志社設立に刺激を受けて・・・だそうです。

そう言えば八重と再会した捨松はアメリカで勉強の楽しさを知ったの新島先生のお陰と言いますね・・・

そして梶原平馬
同居していた水野貞が山川家に訃報を伝えに来ます。
根室で子供達を教えながら平凡に暮らしていたと。只会津の敗戦の責任はすべて
自分にあると常に言っていました、と。
京で二葉に贈った童人形を効果的に使って別れた息子を思う平馬の気持ちを書いていました。
平馬と貞の関係は何も説明がなかったですね。
その後彼女は小学校の校長になるのですが。
しかし後妻が前妻に訃報を伝えに来ますかねえ。

今回浩さんはほんの一寸出番がありました。
もう体を悪くしている設定なのかかなり弱弱しく老けた感じを受けました。
軍に在籍したまま乞われて東京高等師範と女子高等師範の校長に就任していた事は触れないのかな。

書かれてない事ですが教育者ばかりの今回でした^^

右の写真は平馬さんの回想シーンの場面でチラッと写った京都時代の大蔵さん

Yh4a Yh2a



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