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八重の桜 第49話 再び戦いを学ばず

第49話 再び戦いを学ばず

明治23年教育勅語が発布されます。
世情は戦争に向かっている様子ですが、何とも説明不足。
どうして日本が清国と戦争になるのか良く判らない・・・

ドラマは関係者の収束にかかって駆け足の展開です。
まず覚馬が亡くなりました。
同志社の総長だったんですね。すみませんきちんと見てなくて・・・

そして容保が亡くなります。
山川兄弟を呼んで孝明天皇のご宸翰を見せ、いつかご宸翰を世に出して欲しい、会津がいかに誇り高く戦ったか、死んでいった者達の事を。
再び同じ道を辿らない為の戒めとしても・・・とご宸翰を二人に託します。

そして日清戦争が始まり八重は日赤の看護婦として広島へ。

「京都守護職始末」について
心配したとおりになりました。

浩に川崎先生の遺志を継いでと言わせるなんてあんまりです。

どうしても尚之助が「会津戦記」を書き残した事にしたければ、「京都守護職始末」に関係付け無いでするべきです。
山川大蔵がこの架空の「戦記」を読んで涙するシーンがありましたが、あくまで篭城戦の一節、妻の死の場面で涙を落とすのならまだ許せますけれどね。大変不愉快ですけれど。

大体「京都守護職始末」は戊辰戦争の際会津藩が京都守護職についていた時の立場なり経緯なりを明らかにしたもので当時の会津藩の公文書が元になっている筈。
一介の下級藩士の尚之助には関わりはなくまして篭城戦とは関係ないはずでしょう。

それと容保は生前誰にもご宸翰の所在は明かしていませんでした。常に身に付け亡くなったあと遺体から見つかったとのこと、ドラマのこのような経緯にしたら容保の潔さと言うか人間像が変わってしまうではないかしらね。

何度も言うようですが創作は結構。
しかし実在の資料に関わるような事は絶対にして貰っては困ります。

この事については又書いて見たいと思います(しつこい^^)

NHKさん
『この「会津戦記」はフィクションです。これに関する一切の件は史実とは関係ありません』
と今からでも良いから入れて欲しいものです。

Hy3a  H1a

蛇足です。
覚馬が教育勅語の「国家の危機の際は天皇に忠誠を尽くすべし」にクレームをつけていましたね。只、以前両親に聞いた教育勅語には天皇に忠誠を云々の文言はなかった思ったので調べてみました。
無いですねえ。克く忠にと言う言葉はありますが。まあ忠にの対象が天皇を指すのでけしからんと言う事なんでしょうか・・・・
しかし当時天皇は国家元首です。当然ではないのでしょうか。

私は小学校に入学した頃に聞いて「けいていにゆうにほうゆうあいしんじ(兄弟に友に朋友相信じ)などと唱えては妹と面白がっていたものでした。
両親は学校で教育勅語を暗記させられた最後の年代でそんな事から話題になったんだと思います。

今全部読んでみると、当時とでは天皇のお立場も変わられたり政治形態も変わって微妙な部分もありますが他は良く出来てますね。
人間として守らなければいけない事すべて入っているのではないかしら

この作家の方の年令はわかりませんが、多分私と同年代かと。
日教組の教育で育った年代かなと妙に納得しました。

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