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八重の桜を見終わって

1年長かったようですがとうとう終わってしまいました。

大河ドラマは両親が好きだったので物心ついた時から途中で挫折した作品もあったけれど欠かさず見ています。
内容を覚えているのは何才くらいからでしょうか。黄金の日々、草燃えるあたりかな。

最近途中挫折したのは竜馬伝。あまりの汚さについて行かれませんでした。
そして次の清盛。これもおかしな解釈が目立ってがっかりする事ばかり。

その分八重の桜には期待が大きかったです。
今迄書かれた事のない会津目線からの幕末も楽しみでしたし、何より玉山さんが重要な役(と当時は思ってました)出演されると言う事でなおの事期待が膨らんだのでしたが・・・

始めは良かったですねえ。
追鳥狩のチビ八重ちゃんと3人の幼馴染、そして優しい若殿とすべり出しは上々と思われました。
最初に引っかかったのは早くも第3話、覚馬が鉄砲を侮辱され二人の藩士と道場で立ち会うシーンでした。相手は襷だけなのに覚馬はもろ肌脱ぎ、バランスも悪いのに俳優の見事な体を見せたかったから?ここで先行きに少し不安が・・・
まあそれはそれでおいといて。

一番気になったのは主人公八重の character。
銃を扱うきっかけが若殿様に忠義を!からだったと思ったのですが。
家事は苦手で力持ちで男勝りなはずがいつの間にか裁縫も上手な単に銃が好きなだけの優しい普通の娘になってしまっている。

それと「武士の娘」がどのようなものか作者はお分かりだったのでしょうか。
京都で薩摩から来た女子学生に土下座するシーンは何故そうなるのか理解しがたい話でした

容保もそうです。作者は主人公を間違えているのでは、と思うほど尺を使って書いていますが、優柔不断な情け無い人にしか見えませんでした。
優しい人柄と情けなさとは違うと思います。
特に最後、御宸翰をいつか世に出して欲しいと言うのは潔さが見えなくて残念な描写でした。
残念と言えば敵中突破して帰城した大蔵さんを迎えるどころかお褒めの言葉もない。
こんな主人があるでしょうか、どこか間違っています。

大蔵さんについては玉山さんが演じている上、実際の大蔵さんが大好きになってしまったため見る目が曇ってしまったかもしれないのでもうここでは言いたくないのですが、やはり言いたい^^
この作者は自分で話を創らないで手っ取り早く大蔵さんのした事を他の人のエピにしてしまった。
尚之助の会津戦記は・・・これはもう最低の出来事でした・・・
他の事とも併せて良く山川家のご子孫が黙っていらっしゃると・・・

会津の降伏まで8ヶ月もかけながら、どうして会津がそこ迄追い込まれたのか説明不足でしたね。無駄な・・と思う・・シーンも多いのに。

細かい事かも知れませんが「のどに小骨が刺さった」と言う言葉がありますがそんな気分にしょっちゅうさせられていましたね。

とにかく会津藩と言う武家社会を舞台にしながら武士がどのようなものか作者は余り考えていないように思われます。

これは以前あるブログで拝見したのですがとても共感したので引用させて頂きます。
「利家とまつ」と「秀吉」の批評で森鴎外の言葉として次のように書かれています。
http://d.hatena.ne.jp/iirei/20090829

歴史を扱う小説には2種類ある。一つは、その時代の感性・倫理をそのまま扱うという「歴史そのまま」と、現代人向けにアレンジした=当時の感性と倫理を無視して現代人提供する「歴史離れ」があるというのです

このドラマはまさにその「歴史離れ」かと。

会津藩の人達の名前と背景だけ借り史実をおろそかにして現代劇を作ってしまった。

当時の感性と倫理を無視するなら史劇を取り上げる理由は無いのでは、と私は思います。その当時人はその立場立場でどのように生きたか、を見たいと思うのです。
異論はあると思いますが私がこのドラマに不満なのもそれが大きな理由です。

まあそれを言うならこの所の大河ドラマは皆そうですけれどね。

文句ばかり言いましたが明治時代教科書にまで逆賊と載せられていた会津藩を正面から取り上げた事はとても良かったです。
不勉強で知らない事が多かったのですが玉山さんに惹かれてせっせとお勉強したせいで当時の事にかなり詳しくなりました。
会津藩の素敵な方々も沢山知りました。
広沢安任さん、秋月悌次郎さん、特に山川浩さんは上杉景虎さん以来最大のお気に入りになりました。
景虎さんの鮫ケ尾城址は遠くて中々お参りに行かれませんが山川家の墓地は実家のお墓と同じブロック、すぐ近くです。
これからもお参りさせて頂きたいと思っています。変なドラマに登場させてごめんなさいと言いたい。私の責任ではないけれど^^

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コメント

コメントありがとうございます。私はここ10年ほど、大河ドラマの放送時間帯にはPCでブログをやっていることが多く、さほど集中してドラマを観ないのですが、同感したことを一点。「竜馬伝」の汚い画面は、あえてくすんだような映像を撮っていたのかと思います。でも、観る側から言えば確かに汚い映像になってしまいますね。

iirei様

おはようございます。
ご覧頂き、又コメント有難うございました。

あえて聞きます。もし2013年大河ドラマが八重の桜ではなかったら、
誰を主人公に推したでしょうか?
八重の桜の登場人物以外で主人公になれそうな人はいますか。
2013年はテレビ放送60周年の記念年であり、
「大河ドラマ50周年」(なぜか誰もこのことを触れず)でもあったのですが、
(本来であれば)それにふさわしい偉人が主人公の候補となりますね。

>武士の感性と倫理を無視した
登場人物の(生きていた時代当時の)思想信条を忠実に反映する。これは難しいと思います。時代劇の経験が豊富とか時代考証の知識があるとかではないと思います。
むしろそれをやると問題になる事さえありそうな感じがします。じかに本人に会って話を聞けば別ですが。
八重の桜での江戸末期とか明治前半の人たちの信念に限らず、もし30~40年後に「21世紀初頭の日本」を扱うドラマがあっても、今日の私たちの価値観を完璧に反映していないと思います。

えびすこさん こんばんは

大河の主人公ですか・・又難しい事をお聞きになりますね。
私の好みでしたらまあ後北條5代とか壬申の乱、楠木正成とかありますけれどね。
後の2件はまず実現不可能でしょうね。

>大河ドラマ50周年
50周年だからこそ復興支援で会津を舞台に選んだのでは無いでしょうか。
(復興支援がドラマで生かされたかどうかは別ですが)
最近は主人公が男性、女性一年交代になっているので八重になったのでは。

>登場人物の(生きていた時代当時の)思想信条を忠実に反映する
思想信条を忠実に・・・などと言っているのではありません。
異論はあるでしょうとお断りして私の感じたままを書いています。
只、当時の感性、倫理を無視するのでは当時の人間を書けないのではないか、
行動を理解出来ないのでは、と言いたいのです。

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