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続・史実と創作と

一年間続いた八重の桜もあと2回を残すだけになりました。
大河ドラマは殆ど毎年見ていますすがこんなに熱心に見たのは天地人の御館落城までと今回だけ、勿論玉山さんお目当てです^^

期待しただけにがっかりする事も多かったけれど少なくとも月に数回は会えてそれはそれで楽しかったですけれどね。

明日は予告から見ると「京都守護職始末」を書き残すシーンがあるようですが、以前から言っているように心配が・・・
このドラマで創作された川崎尚之助作「会津戦記」がどんな役割を果たすのでしょうか。

現在でも「会津戦記」が実在の資料と思っている人が沢山います。
後年「京都守護職始末」はこの会津戦記に触発されて書かれたと思い込む人がもっと沢山出たらどうしましょう。

ドラマですから史実どおりに作らなくても、お話を創ってもそれはそれで良いと思います。

実際は山川大蔵がフランスの士官に習い国許で教えた洋式訓練が尚之助になっていた事などは大蔵ファンにとっては不愉快ではありますけれどまあ仕方がないと思います。
ですが資料に関わる事には手をつけてはいけないのではないか、少なくとも実在の資料と紛らわしいものは創ってはいけないのではないかと私は思います。

私の好きな上杉景虎についてですが最近まで上杉に行く前に武田家に人質に行っていた、と言う説が有力でした。
今は研究が進んで武田家には行っていないと言う事になったようです。
それは武田、北條両家にその記載がない事、信頼度の高い江戸前期の軍記物には見られず江戸中期成立の「関八州古戦録」にしか記載が無い事から「関八州古戦録」の作者の創作と見られている、との事です。(黒田基樹著、「北條早雲とその一族」)より。
つまりかなりの間「関八州古戦録」の作者の創った話が信じられていた訳ですね。

このように後年、「京都守護職始末」や「会津戊辰戦史」を尚之助の功績のように思われたら山川兄弟に大変失礼な事になるのではないでしょうか。

今は紙に記録するしかなかった昔と違い色々な記録方法がある時代ですから別に心配するような事ではないのかも知れませんし、過敏に反応しすぎなのかも知れないのですけれど・・・とても気になるのでつい書いてしまいました。

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