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真田丸 第30回

第30回 黄昏

秀吉の老いて行く様子、秀吉と豊臣政権の黄昏を書いた回でした。
冒頭大地震で倒壊した伏見城に清正が登場します。いわゆる歌舞伎の「地震加藤」ですね。
木幡山に築く新しい伏見城の工事に生き甲斐を持って当たっていた昌幸は、只の居城の建築になって堀の工事に回されて落胆、戦闘とその為の築城にしか生き甲斐を持てない昌幸が気の毒な書き方です。

秀吉は新しい城が出来るまで大坂城移りました。
いくつかのエピが登場。
漂着したスペイン船サンフェリペ号。
ここではごく簡単に積荷を没収する為に秀吉は切支丹追放令を利用し26人の宣教師及び日本人教徒を処刑したと書かれます。
私は26聖人殉教として知っていた事件でした。

明の使節が和平交渉に来日。これも色々ありましたが、ここでは行き違いがあって秀吉が激怒、再度の朝鮮出兵に至るまでが、簡単に。
その激怒した席で秀吉が失禁。信繁の機転で拾のせいにしてその場を繕いますが段々周囲に秀吉の衰えが見えて来た様子でした。

信幸はその秀吉の現状を信繁に問いただすのですが、信繁の辛い心境が信尹と景勝の例を引いて初めて語られらます。
「豊臣に背く事は義に背く事、おかげで今息が出来ない程苦しい思いをしている」
彼が何故豊臣家の為に命をかけたのか、少しづつ書かれて来たようです。

秀吉の老いが進んだのを見て三成は拾を元服させます。数えで4才?早すぎる元服ですが
拾は秀頼を名乗ります。
秀吉は景勝を会津に転封、家康の抑えになってくれと懇願します。
その年(慶長3年)3月秀吉は醍醐で花見を催します。黄昏の豊臣政権の最後の華でした。
その席で秀頼の望みで花咲爺となった秀吉は木から落ち、寝込む事になってしまいました。

信繁は再度秀吉の容態を信繁に問いただし、信繁は吉継から自分の正しいと思った道を進め、と言われ真実を伝えます。
これを聞いた昌幸は馴染の吉野太夫に喋ってしまいます。
しかし吉野太夫は偽物で徳川の送り込んだ忍びだったのです。
出浦に見抜かれて殺されてしまいます。徳川では昌幸の周囲へも忍びを送っていたんですね。

そうそう伏見では稲とおこうが出産、どちらも男の子でした。
このドラマ、子供の年令は?が多い・・・秀次の娘とか、二人の子供が同年令とか。
稲ははじめて信幸に実家へ真田家の情報を送っていた事を明かします。
子供が出来てやっと心を開いたんですね
稲と吉野太夫とも情報が入らなくなった徳川方ですが、信幸からの知らせで秀吉の容態を知る事になりました。

来週のタイトルは「終焉」。
段々展開が辛くなりそうです。

今、「手紙」の再放送をやっています。
何度も何度も見た映画ですが、やっぱり気になって家族が寝たのを幸い途中から見始めてしまいました。
若い玉山さん、坊主頭でもとっても綺麗です。
最後、又泣くかな・・・
この感想には関係ないけど。
 Meikinnguaa1

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