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2019年5月

いだてん 第20回

第20回 恋の片道切符

アントワープのオリンピックで開催されなくなったマラソンは嘉納のクーベルタンへの手紙が功を奏したのか復活。
選手の渡航費も体協から出ることになり選手の選考に入っています。
野口は四三が持ち帰った用具からはじめた10種競技で出場する事に。水泳は浜松の内田選手に決定しますが当時日本は古来の泳法でクロールの経験がありません。違いが説明されていますが日本の泳法で行くようです。

志ん生の高座から浜松の孝蔵の回想へ。
東京ではシマが早朝から走っています。四三と出会い、女子のスポーツについての二人の話しが入ります。
日本では女子のオリンピック選手などまだ話にもなっていません。
二階堂トクヨは女子スポーツに熱心ですが彼女の考える競技はダンス?

二階堂に古いと言われた永井はスポーツ教育から引退を決意します。
そして大正9年、オリンピックの壮行会が開かれます。
選手13名、主将は野口、監督は可児ではなく東大卒の弁護士辰野保です。
一行は横浜から船でアメリカへ、アメリカを横断して再び航路でロンドンへ。
その船は名前もオリンピック号~確かタイタニックの姉妹船だったかと。
四三は退職して自費でオリンピックに参加しています。
熊本で応援するスヤと幾江の様子が入ります。
何故か二階堂の見合い話も。まだ結婚したくないからシマに代わりに行って断わって来てくれと言うような話が突然に出て来ます。
ロンドン到着前に旅券の検査から隠していた四三の結婚がばれてしまいます。ついでに野口も妻子がいることを告白。

1920年(大正9年)アントワープオリンピック開催!
三島弥彦と再会します。8年前はたった二人の参加だった、と感無量の様子です。
競技の様子は書かれずに3カ月後東京で報告会が開かれています。
主将の野口が報告、テニスの熊谷一弥選手がシングルス、ダブルスともに銀メダルを獲得、日本初のオリンピックメダルでした。
主将野口は12位と最下位しかし出場選手半数が棄権する中、最後まで競技して悔いはないと言います。
他の選手たちも予選敗退、失格、棄権と振るわず特に水泳はクロールに完敗、指導者の必要性が指摘されます。
そしてマラソン、報告会に四三の姿はなく選手からの報告、35Kあたりで失速16位でした。しかし完走しました、8年間走り続けた無理がたたったのではと報告されます。
ここで二階堂が発言。廃止が決まっていたマラソンを日本がメダルをとれるからと復活させたのに金栗は負け、日本は国際舞台で恥をかいた、この責任は誰がとるのかと。
その言葉にスヤが発言します。金栗は負けてはいない。日本人で初めて完走した。16位でも自分にとっては金メダルだ、と。
しかし二階堂は続けます。オリンピック優先の姿勢を改めなければ体育の発展はない。

嘉納は体協から身を引く事を決心します。
その頃四三は戦火のあとの残る欧州をアントワープからベルリン迄さまよって来ていました。
職も無く帰るに帰れない四三の傍らで槍投げを練習する女子選手の姿がありました。
予告を見た所では次は女子の体育が書かれるのでしょうか。

紀行はテニスの熊谷選手のエピソードなど。日本では硬球が高価だった為安いゴムボールを使った軟式テニスが盛んで熊谷選手も軟式のスタイルのまま競技したとの事など。

相変わらずのハイテンション、疲れる事に変わりはなく二階堂トクヨの見合い話が唐突に出て来たり、独身と思われている四三の相手は誰か、など必要とは思えない話が出て来て、オリンピックの話しは報告だけとか、一寸肩透かしにあったような気がしました。

私ごとですが先日友人たちと会った際このいだてんの話が出ました。
一緒に歌舞伎を見に行くことの多い友人たちですが、勘九郎さんが痛々しくて見ていられない、ともっぱらの評判でした。
皆私も含めてお父さんの勘三郎さんが勘九郎、現勘九郎さんは勘太郎時代から殆どの公演を見て来ただけに彼の使い方などにはかなり辛辣な意見が出ましたね。
熱演だし上手ではあるけれど魅力が全然出ていない、現代のドラマでは華が感じられなくて、もう見ていられないと。
勘三郎さんファンだっただけに何と言ったら良いのか。
気乗りがしませんが気になってつい見てしまうし、下手なレビューもつい書いてしまうのは本当に困った事態です。

昌磨君、韓国のショーに出演

かなり前から噂されていた韓国のショーAll that skate・・・噂では無いですね,このショーのサイトではかなり前から出演!と載っていましたものね。
でも昌磨君の公式サイトには中々載らず、一寸半信半疑の所もあって。
こんな事言ってはいけないのでしょうがとかく国際的に何かと大変そうなお国ですから。
それがやっと昌磨君の公式から発表されました。一公演にexhibitionのナンバーを二つも滑るとか、凄い豪華公演ですね。
現在政治的に何かと軋轢のあるお国での公演、一寸不安でもありますが決まった以上大丈夫なんでしょう。お気をつけて行ってらっしゃい!

その前に浅田真央さんのサンクスツアー東京公演の楽日に見にいらしたんですね。
真央さんや無良君にリンクに連れて行かれて挨拶されたとか、お二人の先輩との暖かい関係が見てとれて話しを聞いているだけでこちらまで幸せになりました。
この日ショーにいらした方良かったですね!

昌磨君については沢山書きたい事があるのですがありすぎて。知らなかった平昌以前の彼の事を追っているだけで書いてる暇がありません(-_-;)まあぼつぼつと感じた事を載せて行きたいと思っています。

 

 

 

川崎の事件

今朝 川崎市多摩区の住宅街で起きた痛ましい事件。
スクールバスで登校する小学生たちが多数犠牲になりました。

事件の現場は私の家から近く(同じ区内、車だと10分少々)現場上空を飛ぶヘリコプターの機影がはっきり見える近さで起こった事件でした。
さっきまでTVでは子供たちをどうやって守るか、という事も含めてこのような事件をどう防ぐかが取り上げられていました。
池田小学校事件など過去の類似の事件を取り上げていましたが、個人の心の中の闇から起きる凶行は防ぐ事が出来るのでしょうか。
今回犯人はその場で自殺しています。逃げる気の無い人間が起こす事件。防ぐ手立てはあるのでしょうか。
何ともやりきれない事件でした。

実は日曜日に放送されたいだてんを見る積りでTVをつけたのですが、とてもドラマを見る気になりませんでした。
被害者の方々のご冥福を心からお祈り申し上げます。

ひなたの佐和ちゃん、波に乗る

お久しぶりの玉山さんのニュース!

制作中の玉山さん出演番組「ひなたの佐和ちゃん、波に乗る」のロケ報告会の様子が公開されています。
今月11日にクランクインしたそうで、終了も近いとか。
すべて宮崎ロケで制作されているこの作品、今日は主な出演者3人のコメントが紹介されています。
玉山さんはご自分の演じるヒロインの父親役を「どうしようも無い父ちゃん」と仰ってます。
でもその役とても気に入ったみたい。サーフィンをする場面があるかどうかと併せて楽しみに待っています。

今迄に放送された地域発のドラマは中々面白い作品があるので一寸期待したいです。

Sawachann

https://t.co/Qf66sKwhzv

https://t.co/TR1muExIx6

 

いだてん 第19回

第19回 箱根駅伝

日本中を走破、国内に走る所が無くなった四三はアメリカ横断を夢見ます。それも駅伝で。
そこへ播磨屋へ来ていた明治の学生沢田も交流したいと言い出します。
四三はアメリカ駅伝の予選?として箱根往復の駅伝を思いつきます。

ここで現代の志ん生パートへ。
数人で噺をつなぐ創作落語駅伝が始まります。

四三は8年ぶりでオリンピックがベルギーで開催されることを知らされます。
戦火で荒れたアントワープの市内、荒れ果てた光景を世界に記憶してほしいベルギーです。
四三は久方ぶりに熊本へ帰郷、初めて長男の顔を見るのでした。
「当主」の帰国に喜ぶスヤをはじめ池部家や実家の人たち。
その頃体協にはマラソンが競技種目から外されたとの知らせが入っていました。
何も知らず張り切る四三です。東京へ帰った四三は箱根駅伝の準備に余念がありません。
嘉納はそんな四三にマラソンがオリンピック種目から外された事を言い出せません。

一方高座では「箱根駅伝」が始まっています。現代の高座と明治の箱根駅伝が交錯して進行します。
準備が出来て箱根駅伝は東京高等師範、明治、早稲田、慶応の4校が参加して第1回が1920年2月に開催されました。
授業時間の関係で午後のスタート。四三は自動車で伴走です。
高座では五りんに続いて志ん生の長男清が登場しています。馬生です。
                               
午後スタートの為箱根到着は夜8時、暗い山中で慶応は道に迷って遅れてしまいます。
翌日、雪になった中往路がスタートします。エンジンのかからない車を捨て四三は選手と一緒に走り出します。
平塚では沿道の人が選手に傘のトンネルを作って応援したエピソードなどを加えてゴール目指します。
噺は志ん生の次男強~朝太から五りんへと。
五りんの父が選手として箱根を走ったとの事がさらりと話されます。

そして話はゴールの報知新聞社前へ。今の読売新聞ですよね。
1位の明治の選手は足を痛め転倒、東京高師に抜かれてしまいます。何度転倒してもゴールへ向かう明治。
結果は1位東京高師、2位明治。3位早稲田、道に迷った慶応が4位と言う結果でした。
転倒してもゴールする選手、そして嘉納はクーベルタンへ手紙を書いています。
高座ではサゲに困った五りんに替わった志ん生が「マラソンの無いオリンピックなんて黒豆の無い正月みたいだ」と締めて今回は終わりです。

今回も何かと吃驚するような仕掛けが。駅伝高座に登場した志ん生の息子、馬生の清も次男の朝太の強も森山未来さんが演じているのです。
若い頃の志ん生の孝蔵と併せて3役。森山さんは達者で良いけれど、少し遊びすぎ?と思ったのは私だけでしょうか。

紀行は現在箱根駅伝で最優秀選手に与えられる「金栗杯」の話題から3度も受賞された元祖山の神の今井正人さんがゲスト登場でした。
当時は順天堂大学、そしてトヨタ自動車九州でマラソンランナーとして走っていらっしゃいます。


最初4校で始まった箱根駅伝、今は前年度の10位までのシード校に予選会を勝ち上がった10校と関東学生選抜を加えて21校で争われています。
今年で95回、スポーツの大会としては屈指の人気を誇っています。
毎年お正月には家にいる限り必ず見ています。只ひたすら走る選手の姿を見るだけなのに何が面白いのか不思議なんですが。
でも高校駅伝、箱根駅伝、実業団駅伝、と名前を覚えた選手が走るのを見るのはとても楽しいです。
話がドラマからそれてしまいました。失礼致しました。

 

昌磨君 令和1

元号が令和と替わってもう3週間になります。
昌磨君はその「年越し」の番組「ニュース零」にご出演。
それからアイスショー、プリンスアイスワールド横浜公演に3日ー5日出演。
ショーが終わった翌日6日、同じ横浜でコラントッテイベントトークショーに出演。

その後も宇野家が以前から支援されている名古屋の児童養護施設へご家族で訪問、子供達の卓球大会に参加するなどお休みは会ったのかしらと思う程多忙な毎日だったようです。
アイスショーやトークショーなどはnetなどで情報を貰い何かと書きたい事もたくさんあるのですが、何かと忙しくそのうちに少しづつでも書いて行きたいと思っています。
今夜はその中で横浜公演の演目の一つ、18~19年のexhibitionのgreat spiritの話題から少し。
ショーの最終日に「歌舞伎メイク」で登場したとかなりの話題になりました。このショーも4月末から6日間開催されていて舞台公演風に言うなら千秋楽ですね。
元々フェイスペイントをして登場されていたのですが、ワイルドで野生的なな表現・・・私は原野を獣と一緒に疾走するイメージで見ていました。
でも実際に見て見ないと、多分お茶の間ではその素晴らしさの何割かしか味わえない演目かと思っていました。

そして白塗りに隈取りのペイント。ショーに「和」を扱った演目からヒントを得たとか。
曲には後半歌舞伎の付け打ちを思わせる部分もありとても良く合っていて素晴らしかったです。
昌磨君の発想のようですが改めて彼の感性の素晴らしさに感心しました。
一番最初に連想したのは「鏡獅子」です。
大奥のお小姓弥生が獅子頭を手に踊るうちに獅子の精が乗り移り後半は獅子の精の踊りになり、一人で可憐なお小姓と勇ましい獅子の精を踊り分ける歌舞伎の人気舞踊劇です。
最初の美しいお小姓姿など昌磨君にこっちも踊って(滑って)貰いたいような。4分間ではとても演じわけられないでしょうがつい妄想してしまいます。

何度か見ていますが記憶に残っているのは菊之助さんが踊った1999年歌舞伎座公演、6代目菊五郎の追善興行です。
保存してあるプログラムには残念ながら菊之助さんの写真は無く6代目の写真でした。
この時は何故か隈取りをしたcharacterが登場する演目が多く「車引」の桜丸に新之助時代の海老蔵さんが「土蜘蛛」には団十郎さんが隈取りをして出演されていました。

動きが早すぎてscreenshotが追いつかない('ω')

Gr2b

 歌舞伎メイクにはこのお衣装の方が似合うのでは・・・

Ha3

菊之助さん

Kikunosuke 

海老蔵さん

Photo

いだてん 第18回

第18回 愛の夢

駅伝を成功させた四三は日本中を駆け巡っています。
スヤはめでたくご懐妊。
孝蔵は東京に戻ってくるのですが、車夫の清からやくざに狙われていると聞かされます。
原因は小梅です。彼女はやくざを振る口実に孝蔵の名を出したのでした。
その小梅は美川と駆け落ち、二人は四三を頼って匿ってくれと頼みます。
美川は窓越しに見たシマに惹かれた様子です。

そのシマはスポーツ選手になりたい夢を持って一人走っているのです。
現代の高座では志ん生に代わって五りんが語る趣向で当時の女子体育を面白く見せます。
二階堂トクヨの主張する女子スポーツは服装の改革から~彼女の考えるスポーツは社交ダンスかフォークダンスのようなものに見えました。

スヤは東京に来ていますが四三は全国を走っていて不在。
美川は四三の日記をスヤに読んで聞かそうとしますが、スヤは自分で読み始めます。
そこにはオリンピックで金メダルを取りスヤに贈りたいとの彼の夢が書かれていました。
熊本へ帰るスヤをやっと帰って来た四三は市電に乗っているスヤを追いかけて安産のお守りを渡します。
流石金栗、市電に追いつくなどとそういう軽口が入るのはこの作品の特徴・・・
熊本に帰ったスヤは男の子を出産。明治と大正から正明と名付けられました。
四三は熊本に帰らず彼の書き送った手紙を巡って幾江と実次の掛け合いが入ったりします。

播磨屋は四三の依頼のゴム底の足袋を作るのに、それはもう靴だと抵抗しつつそれでも作っているようです。
東京は自動車の普及で舗装道路が増えゴム底でないと持たないのです。
孝蔵は清の勧めでほとぼりが冷めるまで1年程東京を離れる旅に出る事にします。

大正8年第一次世界大戦終了。
四三は日光から東京までの駅伝を計画、彼は一人で駅伝チームとともにマラソンで走ります。
結果は流石に駅伝チームには勝てませんでしたが、播磨屋の作ったゴム底足袋はちゃんと持ったのでした。
勝ったと喜ぶ播磨屋さん。
嘉納の許へクーベルタンから8年ぶりのオリンピック開催の知らせが入りました。

嘉納は日本でもオリンピックを開催できるスタジアムの建設に取り掛かります。
次週は箱根駅伝のお話のようです。

紀行は播磨屋シューズのお話でゲストは播磨屋三代目のご子孫と谷口博美さん。
谷口さんは播磨屋シューズで世界選手権やオリンピックを戦ったとの事です。

今週も面白いかと言われればさあ、というほかないような。
オリンピック話が主流なのか志ん生の話が主流なのか。
女子体育を普及させる話と服装改革など興味深い話もありますが、何が主流なのか。
ごちゃごちゃして本当に話に身が入らない。
部分部分はかなり面白いのですが。

 

いだてん 第17回

第17回 いつも二人で

欧州戦線の拡大でついにベルリンオリンピックは中止になります。
四三は新記録を出して絶好調でしたが嘉納に中止を告げられ絶望します。
ひたすらオリンピックでの金メダルの為に練習に打ち込んで来た彼は壁に張った標語の紙も破り捨て虚脱状態に落ち込みます。
熊本では上京するスヤを幾江が今ならマラソンに勝てる!連れ戻して来い、と励まして送り出します。

虚脱状態の四三に周囲は大騒ぎです。
そこへ上京してくるスヤ。
スヤは手料理を食べる彼に熊本へ帰ろうと言います。
四三は返事をしないためスヤは一人で帰る、と言います。そんな彼女に四三はダンケシェーン、ドイツ語で有難う!と。
スヤはオリンピックなど無くても良い、どうせ連れて行って貰えない、只あなたの喜ぶ顔が見たいだけ。
金メダルを取ることだけに賭けて来て絶望する彼を励ますスヤ、二人の会話はとても良いシーンです。
四三ははじめて涙を流すのです。
そして走り出す四三と自転車を借りて一緒に走るスヤ。

四三は自分の引退後の事を考えているうち、スヤの金栗が50人いたら良いのに、という言葉にヒントを得ます。
教職について指導者になる事を決心、嘉納に告げます。
話し合っているうちに嘉納はマラソンが普及しないのは個人競技だから、団体競技sだったら、と言います。
四三は大阪から東京まで走り抜ける50人を見つける為に教師となる、彼はオリンピックに替わる目標を見つけたのでした。

彼は神奈川師範に赴任、なんと担当科目は地理、体育は放課後、部活?
後輩を育てる事と足袋の改良に頑張る四三です。
嘉納と四三がミルクホールで話し合っていると読売新聞の記者から声をかけられます。
京都から東京へ遷都されたイベントを企画中だったのです。
体協での話し合い、そして京都から東京へ23区間23人が516キロを走るレースが誕生します。
東海道53次からヒントを得て駅伝競走と名付けられます。アンカーは金栗!
そして結果は大成功!アンカーとして走り抜けり四三を見つめるスヤの姿。

四三はスヤのかけたたすきから走者がたすきをリレーする事を思いつきます。
制作を頼まれる播磨屋、播磨屋は又ひも付きの足袋の制作も頼まれています。
そしてスヤはめでたく懐妊、池部家は安泰と大喜びの幾江の姿でおしまい。

省いてしまいましたが浜松での孝蔵と田端政治の話。
オリンピックを開けるほどの競技場を作る、という嘉納の話。
そしてミルクホールで働きながら女子師範に通うシマ。助教授の二階堂の話などから当時の女子スポーツへの理解の無さなどが詰め込まれていました。
かなりあらすじだけになってしまいました。
が東海道駅伝の当時の様子などもきちんと書き込まれています。
とにかく1話に入っている情報量が凄い。まあ混乱せずに見せてしまうのは流石ですけれど。

駅伝誕生までのお話でした。

 

 

 

 

連休明け

10日と言う長いお休みが終わって3日も経ちました。
我が家はこのお休み中揃って出かける事もなくまあ普通と余り変わらない生活だった、と言いたいところですが。
転勤で地方にいる甥や姪やらが入れ替わり立ち代わり宿代わりに泊まって行って何とも落ち着かない連休でした。
一番良い思いをしたのが娘でなんと昌磨君のアイスショーに行きました。
ショーの会場が横浜なんですか我が家から車だと近くて行き安い場所だったところから姪と二人で楽しんで来ました。
今迄余り話題にしなかった子ですが私も関心を持ったと判ってから大っぴらに騒いでいて困ったものです。
私も一緒に行くはずで取ったチケットでしたが姪に取られて私は送迎の運転手でした😢
まあ良いわ、来年こそ一人でこっそり楽しんでくるから、と大人げなく思っている私です。

そんなわけでお宿がわりとなった連休に草臥れてしまいました。
明日から日常に戻って又いだてんの感想などから書いて行こうと思っています。
TV見る所でなく録画見たのが遅れに遅れて今日だったので。

いだてん 第16回

第16回 ベルリンの壁

オリンピックを目指し四三はマラソン一筋に生きる事にします。
はりまやの2階に下宿して練習に励んでいます。
辛作は四三のおかげでマラソン足袋が売れて喜んでいますが一方家の中で履く足袋がマラソン用で売れる事に少し複雑な思いをしています。
役者交代の辛作ですが殆ど違和感がないのはなんでしょうお見事というほかないのですね。
その富士山?いいえ箱根?の見える2階に下宿しながら池部家の仕送りで練習三昧の四三に後輩たちはなにか悪い事をしているのではと疑っています。
下宿の2階の向かいには三島家の女中をしていた花がいました。花は三島家から暇を取りミルクホールで働きながら東京女子師範入学をめざしていました。
そして嘉納の許へは新しく制定された五輪マークが届きます。
五大陸の団結と嘉納は喜んでいます。
が、その頃ヨーロッパではサラエボ事件が事件が起きたのでした。
事件から戦火がヨーロッパに広がって行くのです。


熊本では四三からの手紙を嬉しそうに読むスヤに幾江は東京へ行くようにと言います。
スヤが不憫なんですねえ。本当の母と子みたい。
ところが上京したスヤを四三は練習の為と追い返します。
怒り心頭の幾江は実次の所へ怒鳴りこみます。あんたに言っても仕方無いが他に言うところがないって可笑しい。
東京には3年のイギリス留学から二階堂トクヨが戻ってきていました。

東京高等師範ではオリンピック参加の会議が行われています。
費用の話などに二階堂は無意味だと、ヨーロッパを、世界情勢を考えろと言うのです。
しかしIOCは問題なしと言って来ています。嘉納は五輪は平和の祭典でありスタジアムは聖域だと主張します。

しかし戦火はヨーロッパ中に広がり五輪は中止に。部屋で一人膝を抱える四三の姿が。

ドラマはここで終わりですが、実は今回孝蔵の話を別に書く事にしてしまいました。
同時進行にしていくと私が混乱するので・・・
孝蔵は浜松で師匠に出ていけと言われて万朝と酒を飲んでいます。
しかし一文無し、万朝は逃げ出し孝蔵は牢屋(留置場?)へ入れられてしまいます。
そこで新聞を顔にかけて寝ている男が。その新聞には師匠の円喬訃報が載っていました。
たった一人自分を認めてくれた人の死。孝蔵は錯乱状態になります。

サラエボの事件は牢屋にも。しかし同房の男は関係ないと言い孝蔵にバナナを投げ芸をやれと言います。
師匠が得意だった文七元結を演じる孝蔵。
途中寝てしまった男はどうだと聞く孝蔵に長い話を覚えているのはえらい、と言います。
しかし面白くねえや!
前の回で酒屋の小僧のマーちゃんに同じ事をいわれていましたっけ。
そのマーちゃんは浜名湖で泳いで死にそうな腹痛に見舞われていました。実は後の田端政治だったんですね。

男は孝蔵に芸は今一つだけどどこかおかしなところがある。芸を始めるとそれが消えてしまう云々
そんなくさい事はしたくないと言う孝蔵に男は決めるのは客だと。
私にはよくわからない問答だけど孝蔵にはわかったようで・・・
もう一度文七元結。亡き師匠の姿を追いながら必死に泣きながら演じます。
彼ははさみを借りて髪を切り落とします。
そして一度破門された小円朝の許へ戻り、田舎の寄席でやり直しをする事に!

本当はこんなやり方はいけないのでしょうけれど。とても書きにくい、なので変則的なあらすじにしてしまいました。
一つの回に色んな事がぎっしり詰め込まれたような話の展開。私にはやはり志ん生の話は別のドラマで見たかったと思います。

 

*サラエボ事件 ご存じでしょうが一応簡単に。1914年4月オーストリア=ハンガリー帝国の皇太子夫妻がサラエボで暗殺された事件。
                                     

 

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