上杉景虎

久しぶりの景虎さま

今日、Twitterを見ていたら、天地人御館落城の一シーンが。

NHKがアーカイブスからNHKオンデマンドの宣伝に載せたようでした。
舞佳さんがリツイートして下さってほんの数分でしたが久しぶりに景虎様にお目にかかれました。
見たとたん思った事は「ああ玉山さんだわ」でした。当たり前ですけれど。
2009年ですからもう8年も前の作品で、演技とか存在感は格段の進歩をしてるけれど、今と同じ雰囲気、表情、見た目の魅力が、変わってくてほっとしたというか。
だから未だに嵌りっぱなしなのかしらん。
そしてこの役、優しさと切なさ、玉山さんの一番本領を発揮できる役だと思います。
一番魅力を出せる役柄を演じている彼に最初に会えて幸せだったかも。

数分では物足りずDVDで御館落城の回だけ見てしまいました。
まあやはり若いですね。
この景虎さんと帽子の吾郎さんを同じ頃に見て以来延々と応援している記念すべき役です(^^♪
玉山さんと相武さん、お似合いです。
若くてとても美しい!やはりドラマを見るなら美男美女です!

しかしこの演出はなんでしょう。何度見ても腹立たしい。
見ながらまた文句が口をついて出てしまいます。
遠山さんの扱いとかは気分悪いけどまあおいといて(-_-;)

景虎さんの最期は何故脚本通りにしなかったのか。
景虎さんが亡くなったのは西暦に直すと4月19日です。
曼殊沙華がどこに咲いていると言うのでしょう。
今うちの近くでは方々で咲いています。
二人の死を幻想的に書きたかったとしても一寸ね。
ドラマの品格を下げるような演出で本当に残念でした。

でも今日、私もいつまで玉山さんのイメージで景虎さんを追い続けるのだろうと一寸考えてしまいました。
もう役として演じる事はいくら何でも無理だろうし・・・
いまだに神鳥前川神社の前を通ったり小机の近くまで行ったりすると玉山さんの景虎を思い出します。
景虎さんゆかりの地が近くにあるのもいけないのね。

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ドラマ・脚本と演出と~天地人から

最近「天地人」の脚本を何冊か見せて貰う機会がありました。
今でもとても残念だった15回御館落城の回もありました。

読んで吃驚、鮫ケ尾までのいきさつは同じだけれど最後が全然違う。
道満丸は兼続が助けて生きていて、景虎は華姫に道満丸の母として生きよと言い残して一人炎の中へ。
華姫は引き止める兼続を振り切って後を追い、すでに自害して息絶えている景虎を抱きしめます。

最後のシーンだけそのまま書きます。

35 同(鮫ケ尾城)・奥の一室
  燃え上がる炎の中二人の魂が天に昇って行く。
N「享年二十六.上杉景虎はこうして華姫と共に、その生涯を閉じたのでございました」

最初発表されたNHKストーリーブックのままですね。
小松さんの作品はいくつか見ていますが、ドラマのあの結末には一寸違和感を感じていたのでやはり・・・と言う思いで読みました。


どうしてこうしなかったんでしょう。

「二人の魂が天に昇って行く」を拡大解釈したとしてもあれは一寸酷い結末だったんでは。
演出家の美意識を疑ってしまう・・・

当時はまだこのブログを書いていなかったけれどどこかへ「炎上するシーンはお金がかかるから、坂の上の雲に予算取られちゃって出来なかったのかも」と冗談半分書いた覚えがあります。もしかしたら当たっている?

5年もたっているのにまだ文句を言ってる私は良い加減しつこいですね^^
でも景虎さんが大河ドラマに取り上げられる事もまして玉山さんが演じる事なんて二度と無いと思うと凄く残念。

こうなってみると八重の桜で山川大蔵さんがかなり酷い目に遭っているのは作家のせいでなく演出のせい?
まあこれは違うでしょうね。
演出は何人か交代ですから揃って大蔵さんに冷たいとは考えにくいから。
八重の桜の脚本も読んでみたいものです。

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玉山景虎再び

この所玉山景虎さんを思い出す事が多くなりました。

散歩の道すがらでも彼岸花の赤い花を良く見かけるこの季節になると毎年思い出します。
その上今年は八重の桜の西南戦争の回で彼岸花が銃弾に砕けるシーンを見てからなおの事、天地人の御館落城の回の景虎さんの最期のシーンを厭でも思い出してしまいました。
八重の桜でも浩さんの残念なシーンは多いのですが、まあ残念と言えばあれに勝るものは無いかと。

NHKストーリーブックでは鮫ケ尾城で炎の中で華姫と共に死ぬ事になっていたのに何故あんなおかしな事にしてしまったのかわからないですね。
何処にでも顔を出す兼続を登場させたければ炎の中で二人の死を見届ける事にすれば良かったのに、又どうしても彼岸花の中を華姫を抱いて去るシーンが欲しければ幻想にすれば良かったのに、と5年経った今でも思い出すと残念で仕方ありません。

兼続が主人公ですから景虎は敵役の役回りになるのは仕方ないですし、玉山さん本人も初めての大河出演で思ったように演じ切れなかったようですが、でもビジュアル絶好調でしたね。本当に美しかった。

有名になった能面を外すシーンもですが私は景勝と戦端を開いた夜、雨模様の空を見上げる場面が一番好きでした。
すぐそこ迄来ている悲劇を思わせる一寸儚げで憂いのある表情、只綺麗なだけの人では無い、と思ったものでした。
もう一度彼の景虎を見たいです。
5年経ってすっかりオトナになってしまった玉山さんですが与七郎があれだけ爽やかに演じられたのですからまだ暫くは大丈夫かと・・

残念と言えばもう一つ、遠山康光の事です。
遠山康光は北條の一門に次ぐ「一族」と言う重臣の出で彼の妻と景虎の生母は姉妹です。
その上彼の娘は景虎の側室で娘を産んでいます。
その縁から家老として越後迄ついて行き最後迄景虎と行動を共にした人です。
あのような事をするわけは無いではありませんか。
ああ言った人物を出したければ創作すれば良かったのに。
康光さんも浮かばれないわね。

私の住んでいる所は昔後北條氏の支配下にあった土地なので近くに北條氏ゆかりの史跡がかなりあります。
王禅寺と言うお寺があって土地の名前にもなっていますが孝謙天皇の時代に建てられ由緒あるお寺です。
お江が秀忠に輿入れする際化粧料として持参した土地だそうで、賽銭箱には葵の定紋が打ってあります。
何故此処でこの話題かと言うとお寺の一角に石碑があって「小机領」の文字が刻まれています。
小机は景虎が養子となった大叔父北條幻庵の領地です。
すぐに上杉に行く事になりましたがたとえ数ヶ月でも領主となった所です。
もしかしたら新婚の妻を伴って参詣したかも知れない、と空想は広がります。
以前書きましたがブラザービートで達也が結婚式を挙げた神鳥前川神社に景虎ゆかりの文書が残っていたり小机城祉も比較的近くて景虎さんを偲ぶ種は結構あります。

王禅寺は隣が市政記念公園だったりで時々家族でウオーキングに出かけますがまさか玉山さんの事を考えているとは思って無いでしょう。ナイショの話です^^

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北條5代祭り

5月3日は小田原で北條5代祭りがあります。ブラスバンドやマーチングバンドを先頭にして、初代北條早雲から5代氏直迄その他北條一族の武将達に扮した鎧姿で騎馬の武者行列が市内をパレードします。

去年行く予定にしていたのですがあいにく雨で断念、今日行って来ました。
暫くご無沙汰していたのですが規模が大きくなっていて驚きました。
小田原だけでなく北條氏ゆかりの地からパレードに参加しているのも始めて知りました。
景虎さんの兄滝山城主の氏照には八王子、鉢形城主だった氏邦には寄井町の方々が扮してます。玉縄繋がりで鎌倉からも。
以前からそうだったのに北條氏の事に深い興味が無かったので気づかなかったのかも知れません。
こんなに詳しくなったのは玉山景虎に嵌って以来の事なので(笑)

景虎さんは影も形もないです。
幼い頃から他家へ養子にやられているので小田原にご縁は薄いですから仕方ないけれど・・・
氏康パパも氏照兄ちゃんも、大叔父で養父の幻庵も武者行列のメンバーですし、幼い頃だけでも小田原で育ったのだから・・・ちょっぴり混ぜてくれても良いのに・・・
とは私の願望でした^^

パレードの規模もですが人出も多くなっています。
景虎の兄氏照、氏政のお墓にお参りして来ましたが墓所へ上がる石段の前で順番待ちをする程でした。
町おこし成功かな。

でも、もっと観光客を増やしたいのか、「大河ドラマに北條を!」の幟を立てた一群がいました。
大河ドラマも一頃のような勢いは無いと思いますがそれでも誘致を望む声は多いんですね。
早雲だけでなく北條5代として取り上げるのなら出番あるかしら・・・誰って決まってるじゃありませんか^^

ブログを持って今日で満3年です。
良く続いたと我ながら感心しています。
その前に玉ちゃんファンになって4年半近く。
こっちの方がまあ良く続いているものともっと感心してしまいます。
一体どこがそんなに良いのか不思議に思う位なんですが。

まだ当分覚める気配も無いので^^言いたい放題ながら応援して行きたいと思っています。

八王子の方々、氏照さん  寄井町長さんの氏邦さん
Teru1a   Kunia

初代早雲様          氏政、氏照の墓所

Souuna   Boshoa

炎の蜃気楼と玉山さん

5月3日は小田原で北条5代祭りがあります。
時代行列などを中心に中々華やかなものです。
ずっと小田急沿線に住んでいるので何度も行っていて今年も行く予定でしたが残念、お天気が悪いようです。

小田原は景虎さんの実家ですが武田家へ行ったのが本当なら幼い時しかお城には居なかったのでしょうね。
帰ってからはすぐお寺にやられ、それから大叔父幻庵の婿になって上杉へ行くまで小机城にいたのですから。
小田原を中心に北条氏関係の史跡はとても多いのですが景虎さんの所縁は小机城址と早雲寺くらいでしょうか。

先日伊東潤さんの小説などを取り上げましたが、景虎さん主人公の本では桑原水菜さん作「炎の蜃気楼(ミラージュ)」があります。
内容は一部ではかなり有名なのでご存知の方も多いと思いますが景虎の生涯では無く死後の霊となって換生して後の事の物語です。

本編の時代は現代、戦国時代の武将が怨霊となって蘇り闇の中で戦いを繰り広げる中々壮大なお話のようです。
BLの要素でも評判らしいです。 

主人公は景虎、謙信の命で400年間、4人の家臣と共に換生を繰り返し、怨霊調伏の使命を遂行して生き続けて来て今は高校生に転生しています。

私はこの景虎主人公の作品を「天地人」が放映され話題になるまで読んだ事がありませんでした。本を読むのが好きで読んだ本はかなりの数になりますが嗜好がかなり偏っているからなんですね。                                                                                                                                                   

この本に出会う前に景虎さんに興味を持ち、更に玉山景虎を知ってから読み始めた私には高校生景虎に馴染めなくて数冊でダウンしました。

只、あとから書かれた「邂逅編」は景虎の死後数年の時代で何故景虎が蘇って霊を浄化させる事になった発端からの話でこちらの方がファンタジーとして読みやすかったです。

御館で怨みをのんで死んだ景虎が死後怨霊となって越後を脅かしているのを謙信が折伏(この言葉が適切かどうか判りませんが)この世に溢れる怨霊たちを浄化する役目を与えます。

その景虎に従う謙信が選んだ4人の武将の中に直江兼続の先夫で御館の乱で景勝方についた直江信綱がいてBLの愛憎劇が・・・と言う事になります。

その導入部や御館の乱で死んだ女達を題材にした「琵琶島姫」など中々面白かったですね。

特に最初鮫ケ尾城の跡で怨霊となった景虎が幸せだった頃の妻と息子の夢を見る場面は切ないものがありました。
天地人の中の玉山さんと相武さんの仲睦まじいシーンを思い出してなお切なかった・・

5冊目でしたか、作者がちょうどその項を書いていられる時に天地人が放映されていて後書きで触れられているので一寸引用させて頂きます。

「日曜8時の聖域にあんなに堂々と上杉景虎、直江信綱の名が・・・私は夢をみているのではないだろうかと言う気になりました・・・(最初の作は20年も前に発表されています)

何度も言うようですが玉山鉄二さんの景虎は本当に美しかったですね。劉一華も美しかったです。こんな素敵な方に演じて貰えて景虎公もさぞ喜んでおられるのではないでしょうか~」

私も何度も言いますが、美しさで人を感動させる事も出来るのですよ。
美しさを棄ててはダメですよ!

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景虎さんの命日に

今日4月19日は上杉景虎の命日です。
亡くなったのは天正7年3月24日、西暦にすると1579年4月19日になるようです。

430年以上も前に死んだ戦国の一武将の命日が気になるのは、以前から好きだった事もありますが天地人で玉山さんが演じた事が一番の原因ですね。
以来私の中では景虎=玉ちゃんなので景虎さん関係の本を読んだりすると自然に玉山さんの姿で具象化されてしまいます。

それも読書の楽しみにもなって時々景虎さん関係の本を読んだりしています。
今、繰り返し読んでいるのは「関東戦国史と御館の乱」。
以前取り上げた景虎の生涯を書いた小説「北天蒼星」の伊東潤さんの作です。
これは小説ではなく在野の歴史研究家乃至政彦氏との共著の研究書です。

御館の乱の戦いを単に上杉家の後継者争いと捉えずに関東地方の歴史的転換点として資料を積み上げて検証している労作です。
これが予想外に面白くて時々引っ張り出して拾い読みなどしています。
勿論玉山さんの姿をした景虎さんを思い浮かべながらです。

まとめてしまえば、景虎の生涯を克明に辿りながら武田・北条の同盟が勝頼が心変わりして景勝に味方した事によりどう状況が変わって行ったか、当時の複雑な同盟関係などわかりやすく検証しています。
そして勝頼に北条との同盟を守る気があったら御館の乱は景虎が勝ち三国の同盟は強固に続いて織田信長もおいそれと手が出せず日本史は現在と全く違ったものになっていたのではないかと結論付けています。

もしそうなったとしたら・・・徳川家は関東に来る事はなく江戸に幕府を開く事もなくつまり現在の東京もない・・・と言う事になりますね。
もしかしたら小田原が日本の首都になっていたかも。
まあ「もし」「たら」は禁物ですがそこから空想して楽しむ事は出来ます。
景虎さんの姿に玉山さんを重ねながら色々楽しんでいます。

今の季節新潟では桜は咲いているでしょうか。
景虎さんが自害した時鮫が尾に桜はまだ咲いていたでしょうか。空想は広がります。

しかし、今の玉ちゃん、少し細くなったでしょうか。
ここ暫くの体型では景虎さんの面影を重ねるのは難しくなりそうで困ってしまいます。

今夜は「カエルの王女さま」2回目です。ほっそりした姿を見せて下さいませ。
何だか見るのが怖いです^^

この魅力いっぱいの景虎さんのイラストの作者は鉄友さんの「たか」さんです。
あまりに素敵でしたのでお願いして載せさせて頂きました。
たかさんも玉山さんファンでいらっしゃるのでどこか面影が・・・

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こちらは天地人から。
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「武田家の滅亡」~

この所景虎さんにすっかり嵌って中々抜け出せません。
勿論玉山さんをイメージした景虎ですが。

そして伊東潤作「武田家の滅亡」。
景虎さんも出て来ます。
作者が「北天蒼星」と併せてお読み下さいと言っている作品です。
確かに併せて読むと武田と上杉、そして北条。
一つの歴史を表裏から見る面白さがありました。

長篠の大敗北後の武田勝頼に北条氏政の末娘が(この作では桂と言う名を付けられています)継室として輿入れするところから始まり武田家滅亡迄が語られています。

合戦の経緯だけでなく他国との関係、財力の事なども丁寧に描かれていますが、桂が実際の主人公として書かれているのでどうしても女性へ関心が向いてしまいますね。

桂は幼い頃から異母兄の景虎を思慕していて彼が上杉家に行く時に貰った匂い袋を大切に持って輿入れします。
武田家に溶け込もうと努力しながらも景虎の消息を気にする桂を通して上杉家の動向も語られています。

そして次第に夫である勝頼に心を開いて行き景虎への気持ちは憧れだったと気づく終盤、この匂い袋が効果的に使われています。

最後は北条に帰って生きる道もあったのに夫と共に死ぬ事を選んでいます。
景虎の妻もそうでしたが、全く家の為の結婚だったのに愛情が育まれていたのだと思うと悲劇的な最後ではありますけれど何とはなしほっとする思いもあります。

景虎の一生を描いた「北天蒼星」に不満があったのは余りに景虎に心を奪われて思い入れが強すぎたせいかも知れません。
その点武田家には何の思いもないので結構面白く読めました。

史実の表裏と言えば永井路子さんに「姫の戦国」と言う作品があります。

京の公家の娘に生まれ駿河の今川氏親に嫁ぎ今川義元の母となった寿桂尼を主人公とした作品です。

若くして夫が戦死、以後今川家を支え続けた半生を描いています。
今川家と言うと織田信長の桶狭間の戦いや徳川家康が人質として幼少時を過ごしたあたりしか関心がなかったのでこの作品に出あった時はかなり興味深く読んだものでした。

義元の妻は武田信玄の姉、娘は信玄の長男義信の妻です。
又妹は景虎の父北条氏康の嫁いでいます。

それぞれ婚姻、養子縁組等で同盟を結び均衡を保っていたのですね。
かなり危うい同盟関係ではありますが。

上杉景虎とブラザービート

北天蒼星の感想などを書いたところTwitterのお仲間から景虎さんとブラザービートの一寸したつながりを教えて頂きました。

B☆Bの達也が結婚式を挙げた横浜市の神鳥前川神社に景虎関連の古文書が残されているそうなのです。

早速神社のHPに行って来ました。由緒書は次のように記載しています。

「天正十年(1582年)火災により社殿が焼失し、当時この地を治めていた上杉影虎(謙信の子)が社殿を新しく建立寄進し、 かつ毎年春秋の上納金より三貫文を社料として免租するという内容の古文書が残されて居ります。」・・・原文のまま・・・

この地方の領主だった北条幻庵の婿養子となって、たとえ数ヶ月でも領主だったのですから寄進しても不思議はないのですが、実は景虎はこの年の3年前に御舘の乱で死亡していて年数が合いません。

由緒書が信じられないと言ってしまえばそれまでですが、私には景虎の最初の妻だった北条幻庵の娘が亡き先夫の名で寄進したのでは無いかと思えてならないのです。

多分領主として参詣もした事でしょうし、彼女も同行して思い出に残る何かがあったのかと。
私が小説家だったらそう書きたいところです。

景虎の死後今の夫が健在なのに出家したと記録は伝えていると言います。
わずか数ヶ月の生活でも彼女にとっては忘れられない幸せな日々だったのだと思います。

北天蒼星の作家もこのように記しています。
「彼女にとり、景虎と過ごした二月こそ人生のすべてであり、それ以後の日々は、武家の娘としての役割を全うするだけにすぎなかったのではあるまいか」

その神社を達也の結婚式の舞台に選んだのは多分TBSの緑山スタジオに近いのと、由緒ある中々趣のある神社だったからなのかと思います。

まさか玉山さんも後年景虎を演じるとは思わなかったでしょうし、その景虎に因んだ古文書が残されているとは誰も気づかなかったでしょうね。

不思議なご縁ですね。
景虎さん、玉山さん両方好きな私にとって、こんな些細な事でも一寸嬉しかったりして、ファンとは他愛も無いものだと我ながら少々可笑しいです。

景虎が数ヶ月を過ごした小机城とこの神鳥前川神社は大山街道・・現在の国道246号線をはさんだ場所にあります。
以前源平時代の話を読んでいて渋谷のお隣が八王子とあって驚いた記憶があります。
そう思うと今でこそ車でないと遠いなと思いますが当時としては近い感覚だったのでしょうね。

余談ですが、この神社を勧請した稲毛重成の居城・・枡形城は我が家から比較的近くの生田緑地内にありますが今は何も残っていなくて枡形城跡の碑が立っているだけです。

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神鳥前川神社

http://www.shitodomaekawa.com/histry.html

北天蒼星~上杉景虎

景虎については何度か書いています。
一国の主であった訳ではなく歴史上の主要人物ではないので知らない方の方が多いのではないかと思いますがその悲劇的な生涯、そして三国一と謳われた美貌で一部に根強い人気のある人です。

一昨年の大河ドラマ天地人で玉山さんが演じてかなり認知度が上がったかも知れれません。

今更ですが景虎の経歴です。
小田原北条氏の4代目氏康の7男として生まれ幼い頃早雲寺へ僧になる為入れられますが、上杉と北条の同盟工作の為謙信の養子となり、義兄景勝との跡目争いに負けて26歳で死んでいます。
武田家へ人質に行ったともされていますがはっきりしないようです。

景虎を主人公にした小説は4作品読んでいます。
私が彼に惹かれるきっかけになった永井路子作「流転の若鷹」、近衛龍春作「上杉景虎」赤坂大輔作「愛・直江兼続の敗北」の中の小品「上杉景虎」そしてこの伊東潤作の表題作です。

この「北天蒼星」では武田家行きの説は採っていません。
早雲寺の喝食から一族の重鎮北条幻庵の婿養子になり、直後に本家に戻って越後へ行っています。

謙信の姪と結婚、実子の無かった謙信は自分の前名の景虎を名乗らせ跡を継がせるつもりだったとしています。

謙信の死後、景勝がいわばクーデターで後継者になったと言うのは現在有力になっていますがこの作品もその説を採っています。

越後での生活、実家北条家との関係や、武田家の動向などを入れ最後鮫ケ尾城で敗死するまでまずまず丁寧に描かれています。

只、謙信以前の長尾家の説明が不足していて家督争いが今一つ理解しにくいのではと思います。
謙信の春日山長尾家は父の為景以来越後守護代になっていますが世襲でなく長尾一族の間で争いがあり、特に為景の弟の上田長尾家とは深刻な争いがあって謙信は従兄弟の政景に庶腹の姉を縁付けて懐柔しています。
二人の間に景勝が生まれますが、守護代への野心を見せる政景を事故を装って殺しています。

その辺りをもう少し書き込まないと謙信の血縁である景勝をさしおいて多くの豪族が景虎を支持し、景勝の上田勢が強硬手段に出て実権を握ったのかが判りにくいと思ったのは私だけでしょうか。

私はこの時代のこの地方の資料を余り読んでいないのですけれど、それでも謙信が景虎に関東管領・・守護を譲り景勝に守護代を継がせる積もりだったのは間違いないように思います。
直江兼続も当然登場しますが、景勝共々上田長尾一族が支配権を握る事を第一とし、上杉、北条、武田三国の繁栄が平和な道と信じ、最後まで謙信の「義」を守り抜こうとした景虎と対比して書かれています。

「北の空に尾を引いて流れる蒼く輝く彗星」のタイトルは私の持っている景虎のイメージにぴったりなんですが、小説に描写されている景虎像はどこか違います。
匂い立つような気品高い美青年を思い描いているのですが、作者の方には申し訳ないのですがここに書かれた人物像には気品が足りないように思えるのです。

これは史記ではなく小説で自由に書けるわけですからもう少し魅力的に書いて貰いたかったですね。

只、このお話は、景虎を愛した女性が3人中々魅力的に描かれています。

一人は異母妹で後に武田勝頼夫人になった女性。

越後での正室景勝の妹。
御舘ではなく鮫ケ尾で一緒に死ぬ説を採っています。実際に母と兄より夫を選んで一緒に死んでいます。

最初の妻、北条幻庵の娘はついては小説の最後に、2度目の婿が存生なのに「景虎の死の直後出家した記録が残る」
「景虎の死後数年後この世を去った。彼女にとり景虎と過ごした二月こそ人生のすべてであり~略~景虎を愛した最後の女性である彼女がこの世を去った時景虎も最後の鼓動を止めた」と終わっています。
中々素敵な終わり方です。

武将としてだけでなくこれだけ女性にも思われた景虎は単に美しいだけでは無くきっと素敵な人だったのでしょう。

昔から惹かれていた景虎が玉山鉄二さんが演じた事によって実態を伴って今私の前にいます。
26才で死んだ景虎役が出来る若さのうちにもう一度玉山さんの景虎が見たいと心から思います。

追記

昔を偲んで鮫ケ尾城へ行ってみたいと長年思いながら中々機会がありません。
行ってみても景虎夫妻のお墓は無いのです。景勝は春日山で首実検をしながら葬る事もしなかったのでしょうか。
あるいは葬られても一緒に死んだ妻子以外に肉親のいなかった越後で弔う人も無く判らなくなってしまったのか、切ないですね。

幻庵ゆかりの小机城址は今は横浜市の市民の森公園になっています
近い為何度か行っていますが建物は何も無く只櫓跡や堀跡が残るだけです。

大河と言えば・・・

今年の大河「江」がスタートしました。
まだ初回、これから何回か見ないと何とも言えないです。
お市の子説が有力な万福丸は登場せず、袋の小豆も届けられず、
良く知っている時代はつまらない事が気になって駄目ですねえ。
只、子役の芦名愛菜ちゃん、初めて見ましたが成るほど、噂どおりの芸達者の上可愛い。

昨年は福山さんはじめ上川さん、南朋さんなど気になる方々もご出演でしたけれど、
なにしろ写実に過ぎて汚くて、何度も挫折、こま切れの視聴でしたわ。

大河と言えば・・・天地人です!

玉山さんをはじめて見たのは「帽子」と言っていましたが実はその前に1回だけ見た事がありました。

放送を前にしてお正月に放映された番宣「天地人がやって来た!愛の源は食にあり~」
に出演されていたのを見ているのです。
初めて玉山さんを見たのはこの時と言うことになります。

妻夫木さん北村さん常盤さん相武さんと一緒でした。
黒のお衣装でロングヘア、景虎さん役ということで見たのですが。
実はこの時は少しも良いと思わなかったんです。
私が長年思い描いていた景虎さんでは無かった。

玉山さんだけでは無く妻夫木君は兼続には童顔過ぎ、北村さんは年上過ぎ、全部イメージと違いました。
そのまま忘れていたのが本音です。
それで番組が始まっても日曜に来客が続いた事もあって一話見ただけで録画したまま見る事もなくて。

そして2月、「帽子」を見たわけです。こんな良い俳優さんだったのかと驚きました。
早速録画を見て又驚き。番宣の時とは別人のようでした。
まさしく景虎さんがそこにいました。
今思うと役に入った凄さなんだと納得です。

有名になった能面を外すシーン。はっとするほど美しかったです。
吾郎さんとは全く違う。これも驚きでした。

最初の幸せそうな雰囲気が話が進むにつれてささくれ立った様子に変わって行く。
怒った時の演技に少々注文はありますけれど、大げさではなく抑制の利いた良い演技だったんじゃないかしら。

ドラマとしては?がいっぱい。
私の今までの知識とは違い過ぎました。
大体あの「愛」って何?あれは仏教信仰の愛染明王のはずではないのかしら。
現代風の愛を持ち込んだ為なんだかみていて居心地悪く感じました。

遺言捏造にしてもです(事実らしい、直江一族による乗っ取りと見る向きもあります)騙しておいて
「義」を言われてもねえ。

最後の鮫ケ尾城の場面は思い出しても口惜しいです。
NHKストーリーブックではちゃんと炎の中で死ぬようになっていたのに。
もしかしたら「アルマ」のあの格好良い死に方はこの埋め合わせ??

でも玉山景虎が見られただけでも良かった、今でも忘れられない役の一つです。

番宣も今見ればきっと素敵だと思えるんじゃないでしょうか。
もう見る機会もなく、もったいない事をしました。

このドラマに最初に登場したシーン

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恥ずかしいようなセリフは無かったからカットされちゃったんですね

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綺麗なだけに怒ったお顔は怖い!
壊れちゃった11回「御館の乱」から

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